山口地方裁判所 昭和29年(ヨ)131号 判決 1955年10月13日
申請人 津曲直臣 外八名
被申請人 日本化薬株式会社
主文
被申請人が申請人等に対し昭和二十九年十一月十四日付をもつてなした解雇の意思表示の効力はこれを停止する。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者の求めた裁判。
申請人等代理人は主文第一項同旨の判決を求め、被申請人代理人は「申請人等の申請はこれを却下する」との判決を求めた。
第二、申請の理由。
申請人等代理人は申請の理由として次の通り述べた。
一、被申請人日本化薬株式会社(以下単に会社と言う)は東京都に本社を置き全国十二の地に作業所若しくは工場を有して火薬類、染料、医薬品等製造販売の事業を営む会社であり、同会社に雇傭されている従業員は日本化薬労働組合(以下組合又は本部と言う)を結成し右組合は十五の支部を有する。申請人等は山口県厚狭郡厚狭町所在の右会社厚狭作業所(以下単に作業所と言う)に勤務する会社の従業員であり、右組合厚狭支部(以下厚狭支部又は単に支部と言う)に所属する組合員であつて、後記昭和二十九年春期争議中乃至解雇当時の組合における地位並びに作業所における担当職場は別紙(一)「担当職場及び組合地位一覧表」記載の通りである。尚厚狭支部における組合業務の執行は同支部執行委員会がこれを行い同委員会は支部長、副支部長、書記長各一名及び執行委員十名(当時の実員八名)をもつて構成されていたが、後記闘争体制に入つてから争議妥結までは組合規約に基き本部指令によつて右執行委員会は支部闘争委員会(以下支闘委員会と言う)に切換えられ、当時の支部長(申請人津曲)が支闘委員長に、副支部長(同野村)が支闘副委員長に、支部書記長(同有福)が支闘書記長に、支部執行委員(その余の申請人外二名)が支闘委員にそれぞれなつたものである。
二、組合は昭和二十八年九月の定期中央大会において昭和二十九年における賃上要求の決議をしていたので、昭和二十九年二月五、六、七日の中央委員会において賃上要求の具体案を決定し、二月十一日会社にその賃上要求書を提出して交渉に入つたが妥結に至らぬので、三月一日闘争体制をとり、同日、本部及び各支部に闘争委員会を設置し、四月二日全組合員の一般投票によりスト権を確立した。その後も組合は会社と交渉を続けたが尚妥結をみないので四月十日遂に闘争宣言を発し、四月十七日本社、大阪、福岡を除く各支部に四時間ストライキを実施せしめたのを最初として爾後各種の争議行為を実施した。右闘争期間中厚狭支部においても本部指令に基き遵法闘争、時限スト、部分スト、指名スト、怠業等を実施した。この間組合本部は会社との交渉を反覆した結果漸く五月三十一日に至つて交渉が妥結し会社との間に賃金協定が成立した。その後右協定中に定められたところに従い組合の争議行為に関する調査委員会が設けられ調査が行われたが、七月三日会社側調査委員及び組合側調査委員の各調査の結果が発表され、その後会社は十一月十四日付をもつて申請人等に別紙(二)「解雇理由書」記載の行為ありとし就業規則第百二十五条第三号・第九号・第十号・第十四号に基き、申請人等全員を懲戒解雇に処する旨の意思表示をなした。しかしながら右懲戒解雇は左の理由で無効である。
三、懲戒解雇無効の理由。
(一) 本件懲戒解雇は就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事実がないのになされたものであるから無効である。
被申請人が別紙(二)「解雇理由書」において解雇理由として挙げる事実はすべて不実若しくは歪曲されたものであつて、申請人等に就業規則第百二十五条各号に違反する行為はない。左に右解雇理由書記載の各事件についてこれを明かにする。
(1) 三月十八日職場離脱、電動車阻止事件。
当日申請人紺野を除くその余の申請人が労使間の慣行に従つて午前八時三十分から労休をとつたことはあるが、これを濫用して違法に職場を離脱したことはない。支闘委員会が本部の桜指令第二号(時間外休日出勤拒否並びに遵法闘争指令)に基き、ベルのない電動車を運転することは労働安全衛生規則及び作業心得の違反であるからこれをやめさせることを決定し、申請人紺野、阿座上、斉藤(直)、斉藤(孝)、今田、田川等が当日午前八時三十分頃作業所充電場前で電動車主任武広文次(組合員)にベルが不完全か又は付いていない電動車はこれを完備してから運転するよう勧告したことはあるが、電動車の発車を阻止し会社の業務を妨害したことはない。本事件は遵法闘争であつて正当な組合活動である。
(2) 三月十八日電動車ベル購入阻止事件。
当日午前八時四十分頃申請人今田が作業所正門附近で自転車用ベルを購入して来た矢田部幸彦(組合員)に出会つて冗談話をし、同所に来合せた片岡良助(組合員)とも話をしたことがあるが、同人等のベルの持帰りを阻止したり、ベルの取付をおそくせよと指図したことはなく、業務妨害行為は一切していない。右今田以外の申請人等はこの事件になんら関与していない。
(3) 四月十四日臨時組合大会時間延長事件。
当日臨時支部組合大会が昼休時間終了後約三十分間延長され、そのため勤務時間に喰込んだことはあるが、この延長は従来の慣行に従い作業所の諒解を得てなされているから無許可延長ではない。右大会延長によつて喰込んだ時間については支部は作業所と協議の上、午後四時三十分の終業時限を五時まで延長することを承諾しこれを組合員に周知せしめてあり、申請人等が午後四時三十分終業を指令して職場を混乱させ業務を妨害したことはない。
(4) 定時出勤阻止事件。
支闘委員会は四月十四日前記桜指令第二号に基き定められた勤務時間前の作業を拒否すること(いわゆる定時出勤)を決め、この旨を組合員に伝達した上、
(イ) 四月十九日、申請人津曲、野村を除くその余の申請人等が午前八時頃から八時二十分頃までの間作業所正門附近において組合員に対して定時出勤をするよう勧めたことはあるが、従業員の出勤を集団的に妨害したり鍵箱の受領を阻止したことはない。右定時出勤によつてなんら会社の業務を妨害していない。
(ロ) 四月二十四日午前八時二十分頃申請人斉藤(直)、斉藤(孝)が支闘委員会の指令によつて製薬課工務室配置板附近で組合員に定時出勤をするよう勧めたことはあるが従業員の出勤を阻止し会社の業務を妨害したことはない。
右(イ)(ロ)はいづれも定時出勤の励行であつてその阻止ではなく右申請人等の行為は正当な組合活動である。
(5) 四月八日紙筒工室作業中止事件。
当日申請人紺野が紙筒工室の責任者美川係長(組合員)と話をするために同工室に入つたことはあるが、入室については美川にことわつてあり不法の侵入ではない。又右紺野が同工室の作業を中止させたことはなくなんら業務を妨害していない。右紺野以外の申請人等はこの事件に関与していない。
(6) 四月十九日、二十日、二十一日紙筒工室作業中止事件。
厚狭支部では四月十四日本部から四月十七日以降減産闘争実施の権限を支闘委員長に一任する旨の指令(桜指令第六号追加)を受け、これに基いて四月十七日から争議行為として紙筒工室における怠業を実施した。そこで右怠業の指導のために、四月十九日に申請人有福が、二十日に同津曲、有福、阿座上、今田が、二十一日に同津曲、有福、阿座上、田川がそれぞれ右工室に入つたがいづれも前記美川係長にことわつて入室している。二十一日に紺野が入室したことはない。右工室における作業中止、能率低下は怠業の結果である。右の通りであるから右申請人等の行為は正当な争議の指導行為であつてなんら責めらるべきものではない。
(7) 四月三十日外注紙筒倉入阻止事件。
当日は前記(6)で述べた紙筒工室における怠業の実施中であり、他から外注紙筒を倉入されると右怠業の効果を減殺されることになるので、申請人阿座上は、支闘委員長申請人津曲(同委員長は桜指令第九号により本部から部分スト指令権を委嘱されていた)の発した指名ストの指令を組合員である運転手植野康人に伝達し、同人をして紙筒搬入作業を放棄させたことはあるが、右は正当な争議行為であり、右以外に申請人阿座上、今田、田川等が外注紙筒を地面におろすことを強要したことも紙筒運搬を妨害したこともない。申請人阿座上、斉藤(孝)、今田等が四号倉庫前で作業所の大庭課長、松島課長心得等と紙筒倉入について交渉し、作業所側の諒解によつて右倉入が中止されたことはあるが、右交渉は平和的に行われ、脅迫若しくは暴行にわたる言動は一切なく、又その際申請人等や他の組合員がスクラムによつて会社の倉入業務を妨害したこともない。本事件は正当な組合活動乃至は争議行為である。
(8) 五月五日外注紙筒倉入阻止事件。
当日も前記(7)事件と同様申請人野村、紺野、阿座上、斉藤(直)、斉藤(孝)、今田、田川等が四号倉庫前で外注紙筒の倉入について大庭課長、桐生課長、松島課長心得等と交渉し、右交渉が終るまで約一時間右倉入を待つてもらつたことはあるが、これは労使双方の平和的な話合によつて処理されたものであり、右申請人等が扉の鍵を握つたり、紙筒を地面におろすことを強要したことはないし、又自らスクラムを組み或はピケの指導をしたこともない。要するに倉入阻止のため違法な実力の行使に及んだことはない。本事件も正当な組合活動乃至争議行為である。
(9) 四月九日以降紙筒工室出来高低下事件。
四月九日から十六日までは申請人等が紙筒工室の作業能率を低下させ出来高を減少せしめたことはない。十七日以降は前記のように本部指令に基き支部において紙筒工室の怠業を実施したものであるからこの間の出来高低下は正当な争議行為の当然の結果である。
(10) 指名スト。
指名ストは部分ストの一種であつて指名された特定の組合員がストライキに入ることを言い勿論正当な争議行為である。申請人津曲は支闘委員長として桜指令第九号によつて本部から委嘱された部分スト指令権により指名ストを指令し、申請人等が右指令を伝達したことはあるが、支部が常規を逸した指名ストを実施したことはない。
以上解雇理由書記載の(1)乃至(10)事件及び右事件における申請人等の行為はいづれも正当適法なものであつて就業規則所定の懲戒解雇条項に該るものではない。従つて本件懲戒解雇は就業規則を不当に適用したものとして無効であり、同時に懲戒権の濫用として無効である。
(二) 本件懲戒解雇は不当労働行為として無効である。
本件懲戒解雇は申請人等がいづれも組合幹部であつて日頃から活溌な組合活動をしていたこと及び本件賃上闘争において正当な組合活動をしたことを理由になされたものであり、かかる解雇は労働組合法第七条第一号違反の不当労働行為として無効である。
(三) 本件懲戒解雇は所定の懲戒手続に違反するものとして無効である。
会社と組合との間の労働協約は昭和二十七年十二月十日に失効し以後そのままになつているが、従前の労働協約では会社は懲戒解雇調査委員会を経なければ懲戒処分をなし得ないことになつていた。本件賃上闘争の終了に際して成立した前記賃金協定の第三項に「厚狭作業所における派生問題については会社組合各同数の委員よりなる調査委員会を開催しその調査を経て会社が処置する」とあるのは右労働協約の趣旨に基くものであつて、本件懲戒解雇においても会社は調査委員会の調査を経なければこれをなし得ないものである。しかるに調査委員会の会社側委員は労使双方の委員が共同で事実調査することを拒否し、そのため会社側及び組合側各委員はそれぞれ別個に調査する外なくなつた。かかる調査は前記協定に定めた調査委員会の調査活動とは言えない。後日会社に提出された調査報告書も双方委員の別個の調査事実を併記してあるに止まり調査委員会としての報告書ではない。要するに本件懲戒解雇は、調査委員会としての調査を経てなされたものではなく、従つて右協定に定めた懲戒手続に違反するものであるから、この点からも無効である。
(四) 本件懲戒解雇は懲戒処分の裁量を著るしく誤つたものとして無効である。
仮りに申請人等に就業規則第百二十五条各号に違反するなんらかの行為があるとしても、それは争議中若しくはその直前における極めて軽微な出来事に過ぎず、しかも作業所側にも安全保持に欠けるところがあつたり紙筒外注問題について組合の信頼を裏切るような行為があつたために惹起されたものであるから、懲戒処分のうち最重罰のしかも退職手当も支給されない懲戒解雇に処すべき場合でないのに、敢えて申請人等を懲戒解雇に処したのは著るしく処分の裁量を誤つたもので、かかる懲戒解雇は無効である。
四、仮処分の必要性。
右に述べたように本件懲戒解雇は無効であるから申請人等は昭和二十九年十二月九日山口地方裁判所に右解雇の無効確認の訴を提起したけれども、申請人等はいづれも恒産を有せず会社からの給与のみによつて生活して来たものであり、うち阿座上は現在は組合専従者であるけれどもいつ組合専従を解かれるかも知れない。しかも申請人等はいづれも組合及び支部の組合活動の中枢にある者であるから、本案判決があるまで被解雇者として取扱われることは個人として経済的、精神的に非常な損害を蒙ることは勿論このため組合の団結及び活動が弱体化し組合にも回復すべからざる損失を与えることになるから、かかる損害をさけるため本件解雇の意思表示の効力を停止する旨の仮処分命令を求める。
第三、被申請人の答弁及び主張。
被申請人代理人は右申請の理由に対する答弁及び主張として次の通り述べた。
申請人等主張の一、の事実中申請人等が昭和二十九年十一月十四日以降会社の従業員であることは否認するがその余の事実は認める。同二、の事実中二月十一日組合が会社に対して賃上要求をなして交渉に入り、三月一日本部及び支部に闘争委員会を設置し、四月二日スト権を確立し次いで十日に闘争宣言を発し、四月十七日を第一波として全支部が争議行為に入つたこと、厚狭支部がその主張のような争議行為を実施したこと、五月三十一日交渉が妥結して賃金協定が成立し、右協定に基く調査委員会が設けられて調査が行われ、七月三日にその結果が発表されたこと、会社が十一月十四日申請人等主張のような理由で同人等全員を懲戒解雇に処したことはいづれもこれを認めるが、発表された調査の結果が労使双方の調査委員の各別の調査の結果であること、本件懲戒解雇が無効であることは否認する。その余の事実はいづれも不知。同三、以下の事実については次に述べる通りである。
(一) 就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事実がないとの主張について。
「解雇理由書」記載の事実が不実若しくは歪曲されたものであるとの申請人等の主張は争う。申請人等に対する懲戒解雇事由は右理由書記載の通りであるが、左にその詳細を述べる。申請人等の主張事実中これに合致する部分は認めるがその余の事実はすべて否認する。
(1) 三月十八日職場離脱、電動車阻止事件。
会社における労休とは組合所属の従業員が労働時間中組合業務に従事するため会社の許可によつて与えられる労務休暇をいう。当日作業所は申請人阿座上、斉藤(直)、斉藤(孝)、今田、田川等に午前八時三十分(始業時刻)から労休を与えていたが、これは同日午前九時三十分から行われる作業所と支部間の残業に関する団体交渉のために与えたものであるから、右時間まではその準備のためにのみ使用すべきものであるのに同人等はいづれも後記の通り電動車の発車を阻止する目的で充電場に集合したものであつて、これは労休濫用による職場離脱である。次に、作業所には原材料や製品等を運搬するため四十一台の電動車があつて終業後は充電場に格納され翌朝の作業に当つてここから発車するのであるが、そのうち製薬課における混和剤及び収函の運搬にあたる電動車はその作業場所が遠いため始業時刻より十分乃至十五分前に充電場を出て担当職場に到り始業時から直ちに運搬作業を開始していた。ところが申請人紺野及び前記申請人等は午前七時五十分頃から右充電場附近に集合し、八時頃右紺野は電動車係職長池田弥一(組合員)に対し今日は定時就業してくれ、車は八時三十分以後に運転してくれと申出で前記混和剤及び収函運搬用電動車を始業時まで発車せしめなかつた。かくして始業時刻になると、突如、右紺野、田川、阿座上は電動車係主任武広文次(組合員)はじめ同係従業員に対し電動車のうち警鈴(ベル)のないもの又は性能の悪いベルが付いている車輌は運転してはならないと命じた。電動車の警鈴に関しては昭和二十九年一月二十九日支部代表も参加している作業所安全委員会でこれを取上げて討議したが結局堅牢なベルが出来上るまでは現状のままとし特に注意して作業することに決めてその旨従業員に周知せしめてあり、右の措置については労働基準監督署の諒解も得ているのであつて、本事件当時は新型ベルを注文中で未だ出来上つていなかつたのであるから作業所は右電動車にことさら警鈴を取付ける義務はなかつたのである。そこで右武広はこのことを前記申請人等に説明したのであるけれども、同人等は作業心得を盾にとつて執拗に押問答を繰返してベルを取付けるまで発車せしめず、この間後記(2)事件と相俟つて、結局電動車の発車を始業時より約三十分遅延せしめ、もつて運搬業務を妨害したものである。
申請人等は本事件は遵法闘争であるというけれども、それは遵法に名を借りて会社の正常な業務運営を阻害するものであるから争議行為であり、本質上スローダウン・ストライキに属するものであつて、しかも右は本部の指令に基かずして支闘委員(支闘三役を含む以下同じ)全員により、三月十二日及び十七日の二回にわたつて計画謀議の上、実行された山猫争議であるから違法な業務妨害行為である。申請人等は桜指令第二号に基くものであると言うけれども右指令は遵法闘争の準備を命じたものであつてその実施を命じたものではないから、本事件が指令に基いてなされたものであるとは言えない。仮に右指令が遵法闘争の実施を命じたものであるとしても、本件当時には未だ組合のスト権が確立されておらず、本部は組合規約上争議指令を発する権限はなかつたのであるから右指令は違法な争議指令であり、これをそのまま受入れて実行した右遵法闘争は違法な争議行為というべきである。又これを支部のみの問題と考えても右争議行為について支部においてその組合員の総意を問うたことなく従つて支部の団体統一意思に基かないでなされたものであるから、支部独自の争議行為としても違法なものである。仮に本件遵法闘争が争議行為でないとしても就業時間中に故なく従業員の運転作業の阻止を計画し実行した申請人等の行為はそれ自体就業規則に違反するものである。更にはそれが争議行為であると否とを問わず本来支部が遵法の美名にかくれて本事件の如き行為に出づることは、前記安全委員会の決議を無視し会社側の善意の努力を故意に蹂躪するものであつて、右遵法闘争は害意に基き信義に反して行われた違法なものと言わねばならない。
(2) 三月十八日電動車ベル購入阻止事件。
前記(1)事件において申請人等は自転車のベルを取付ければ電動車を運転して差支えないと言つたので柳井動力課長は同課従業員の矢田部幸彦(組合員)にベルの購入方を命じ、右矢田部は厚狭町下津柴田自転車店に急行し同店で自転車用ベル十五個を買求めて作業所正門まで帰つて来たところ、同所で待構えていた申請人今田は支闘委員たる地位を利用し右矢田部にそのベルを自転車店に返せと言つてベルの返品方を強要し、その際矢田部から右ベルを受取つて職場に持帰ろうとした修理工務員片岡良助(組合員)に対しそのベルをなるべくおそく取付けよと命じて右ベルの持帰り及び取付を妨害し、前記(1)事件と相俟つて電動車の発車を遅延せしめ、もつて会社の業務を妨害したものである。
右は(1)事件と関連した業務妨害意思に基き、右事件と同様本部指令に基かず支闘委員の全員により計画謀議の上、右今田により実行された山猫争議行為であつて違法な業務妨害行為である。
(3) 四月十四日臨時組合大会延長事件。
当日支部は午後零時三十分より一時三十分までの昼休時間を利用して臨時組合大会を開いたが、右休憩時間終了後も作業に就かず無断で右大会を続行し、その後一時四十五分頃になつても大会は終了せず、申請人有福から三戸勤労係長に対して電話で大会を更に延長することを認めてもらいたいとの申出があつたが、同係長はこれを拒否し直ちに作業に就くよう要求した。ところが支部は右係長の要求を無視し午後二時過頃まで右大会を続行したため、一時三十分から二時過頃まで作業所の業務は停止した。かようにして午後の作業開始は突然三十分以上も遅れたので定時の午後四時三十分終業では危険作業である仕込薬の処理作業上重大な支障を来し、かくては火薬類取締法施行規則(以下単に施行規則と言う)第五条第二十八号、危害予防規程(以下単に規程と言う)第六十二条「毎日の作業終了後工室内に火薬類を存置させないこと。ただし、やむを得ず存置する場合には見張をつけなければならない」施行規則第五条第九号、規程第四十四条「危険工室および火薬類一時置場には、それぞれ停滞量を定め、これをこえて火薬類又はその原料を存置しないこと」の各規定を犯すことになり、且つ不測の危険発生のおそれを生ずるので午後三時三十分やむなく作業時間を五時まで延長する旨の業務命令を出した。しかしながら支闘委員会は既に午後二時二十分頃当日の労働時間を短縮することにより作業所が仕込んだ原薬の処理に混乱を生ぜしめる目的で、勝手に申請人有福、紺野、斉藤(直)等をして各職場に終業時間は平常通り午後四時三十分である旨を指示せしめていたので、各作業現場殊に火薬製造工程における各職場は嘗てない混乱状態に陥り、ために施行規則第五条第五号、規程第四十条「危険区域内においては、特に静粛、かつ、丁寧な作業を行うこと」の規定を犯し、これにより危害発生のおそれが増大し、会社の正常な業務の運営が阻害された。
右大会の無断延長による業務の停止並びに四時三十分終業の指示による業務運営阻害は、本部指令に基かずして支闘委員全員により計画謀議の上、実行されたもので山猫争議、若しくは違法な組合活動である。尚従来作業所において事前の許可なくして支部の組合大会が延長されて来たような慣行はない。
(4) 四月十九日、二十四日定時出勤阻止事件。
厚狭作業所における作業開始時刻が午前八時三十分であつて労働時間(拘束八時間実働七時間)には入門から担当職場までの時間、担当職場から出門までの時間を含まないことは就業規則第四十六条に明定されているところであつて、しかも従来から従業員は右規則通り午前八時三十分には各自の担当職場に在つて作業を開始していたものである。仮に右規則が文字通り厳格には励行されていなかつたとしても八時三十分の入門をもつて定時の出勤であるとは到底考えられないところである。ところが、
(イ) 支部は四月十七日組合統制部示達により組合員に対し四月十九日は午前八時二十分より同三十分までの間に入門することを要望する旨を指示した上、四月十九日午前八時前頃申請人有福、田川、阿座上、斉藤(直)斉藤(孝)、紺野、今田等は殆んど同時に正門附近及び第一休憩所に集合して折柄出勤して来る組合員を途上に擁し八時二十分過頃までこれを第一休憩所附近に止めて職場へ赴くことを阻止し、その間右紺野、今田両名は正門守衞所において各作業工室の責任者が作業準備のため所属工室の鍵を収めた鍵箱を受取ろうとしたのを八時二十分に至るまで阻止した。第一休憩所から各職場まではかなりの距離があり特に危険工室までは徒歩約二十分を要するので、右の出勤阻止により組合員の職場到着は九時頃となり、そのため製薬関係の始業時における所定の人員配置が不可能となり、会社の秩序は破壊され業務は妨害された。
(ロ) 支部は四月二十三日掲示をもつて製薬課組合員に対し「四月二十四日以降午前八時三十分製薬課工務室において配置板により自己の配置を確認し指定の工室に入室せよ」と指令し、翌二十四日申請人斉藤(直)、斉藤(孝)は午前八時二十分頃製薬課並びに原薬課各工務室附近において始業時までに職場に到着すべく出勤して来た組合員の通行を八時三十分まで阻止した。右の出勤阻止により製薬課組合員の職場到着が遅れ、殊に硝ダイ第六填薬工室における全員到着は八時四十八分となり、そのため右工室はじめ製薬課各工室の始業時における人員配置が不可能となり会社の秩序は破壊され業務は妨害された。
右両日の定時出勤阻止はいづれも支闘委員会において計画謀議の上実行された業務妨害であつて、前記のように桜指令第二号は遵法闘争や時間外勤務拒否等の実施を命じたものではないから本事件はいづれも本部指令に基くものではなく、又支部組合員の総意に基くものでもなく、支闘委員会の独断によつて強行されたものであるから明かに山猫争議であり、しかも右は就業規則によつて規制されている会社制度の一方的変革、経営秩序の攪乱のみを目的とした害意ある積極的業務妨害行為である。
(5) 四月八日紙筒工室作業中止事件。
従業員は直接関連のない作業場に濫に立入つてはならず(就業規則第百三十四条第七号)、部外者が作業場に入室する時は担当課長の許可を受けなければならないのに、申請人紺野は四月八日午前十時五十分頃作業中の製薬課材料係紙筒工室に担当課長の許可も在室中の同工室責任者美川材料係長の承諾もなく無断で侵入した上、同係長に対しその権限外の事項について不当な要求をなしその回答を強要して同係長の職務の遂行を妨げ、この間同工室の女子従業員は全員作業を放棄して右美川係長と紺野を取囲み紺野と共に同係長を問責したため作業は約四十分間にわたり中止されるに至つた。この作業中止は右紺野の無断侵入及び職務妨害によつて惹起されたこと明かであつてこのため会社の秩序は紊乱され業務は妨害された。
本事件は本部指令に基かずして支闘委員会が実情調査に藉口し作業中の右工室で職制者を難詰することによつて職場を混乱せしめ事実上紙筒の減産を来たそうと計画謀議した上、右紺野によつて実行された業務妨害行為であつて山猫争議乃至は違法な組合活動である。
(6) 四月十九日、二十日、二十一日紙筒工室作業中止事件。
(イ) 四月十九日事件。
当日午前十時十五分頃申請人有福は佐々崎中闘委員を伴つて無断で作業中の紙筒工室に入室し、美川係長に対し「一寸仕事を止めさせてもらいたい」旨申入れこれを強く拒否した同係長の意思を抑圧した上、勝手に女子従業員(組合員)を集合させて右佐々崎と共に暗に減産を実施せよと言う意味の演説をなし、その間約十五分にわたつて右従業員の作業を停止せしめ、その後右有福及び佐々崎は作業を始めた右従業員等に対して個人的に話しかけてその作業を妨害していたが、やがて美川係長に対して同人が決定権を有しない作業上の要求をなして威圧を加えたりして十一時二十分頃まで在室し、もつて会社の秩序を破壊し作業能率を阻害し、業務を妨害した。
(ロ) 四月二十日事件。
当日午前十時頃申請人今田は無断で紙筒工室に侵入して作業中の女子従業員に約五分間演説して秩序を紊乱させ業務を妨害し、十時二十五分頃申請人有福は無断で同工室に侵入し、同じく女子従業員に話しかけようとして美川係長からこれを制止せられるや支闘書記長たる地位を利用し、組合員である同係長に対し「君は逃げてもらいたい」と強要して同工室から立去らしめた上、女子従業員を集めて演説を行い十時五十分頃まで作業を停止せしめ、その間十時三十分頃申請人津曲、今田、阿座上が同工室に無断侵入して右有福の演説を聞いていたが、それが終ると右津曲が作業を停止せしめたまま十一時二十分頃まで演説を行い、右今田、阿座上は前記有福の行動に同調の態度をとり、それぞれ会社の秩序を破壊し作業能率を阻害し、業務を妨害した。
(ハ) 四月二十一日事件。
当日午前八時五十分頃申請人津曲は無断で作業中の紙筒工室に侵入し、入室後来合せた製薬課第一課長大庭忠達から退去を求められたに拘らずこれに応じないで約一時間十分在室し、同紺野は右津曲よりやや遅れて同工室に無断侵入して約五分間在室し、更に十時頃同田川が、十一時十五分頃同阿座上、有福及び右津曲が、それぞれ同工室に無断侵入し、右津曲は居合せた勤労課勤労係長三戸東治から此度の紙筒工室のスローダウンは組合の指令に基くものかと尋ねられて指令によるものではないと述べた上、右阿座上や有福と共に正午頃まで在室し、右申請人等はいづれもその在室中或は工室内を漫歩し或は女子従業員の作業を殊更に監視して会社の秩序を紊乱し作業能率を阻害し、業務を妨害した。又午後三時三十分頃右有福は紙筒工室に在室中の美川係長の許可なく同工室に侵入し、同係長に対して紙筒問題について従業員に話をするから作業を止めさせてもらいたいと申出たが、これを拒否されるや支闘書記長たる地位を利用して同係長に「この場を去れ」と命じてこれを退去せしめた上、女子従業員の作業を午後三時四十分過頃まで停止せしめ、もつて会社の業務を妨害した。
右(イ)(ロ)(ハ)の各事件はいづれも作業所が三月下旬頃より社宅の一部に紙筒巻の内職を募りその機械を設置しはじめたところ、支闘委員会はこれに抗議したが作業所の容れるところとならなかつたのでこれに不満を抱き、本部指令に基かずして会社の秩序を破壊し業務を妨害しようと計画謀議の上、前記申請人等によつて実行されたものである。当時支闘委員会は怠業実施についての本部指令がないのに右のような目的から勝手に紙筒工室における怠業を実施しておりこれは明かに山猫争議であるから、その一環としてなされた前記申請人等の行為は無論山猫争議行為であり違法な業務妨害である。申請人等は右怠業は本部からの桜指令第六号追加(減産闘争指令)に基くものであるというが、右指令なるものは右の違法な怠業を正当なものである如く装うため後日本部で作成したに過ぎぬもので右事件当時は本部の減産指令など存在していないのである。このことは昭和二十八年旧労働協約の失効後新たに会社と組合との間で諒解点に達していた部分協定によつて、組合側が争議行為をなす際にはその都度必ず会社側に事前通告をなすという労働慣行があつたのに、ただ右桜指令第六号追加のみは会社にも作業所にも通告されていないこと、前記のように四月二十一日申請人津曲(支闘委員長)自身が三戸勤労係長に対して作業量低下は指令によるものではないと言つていること、支部発行の「紙筒外注反対闘争の経過概要」(疏乙第十三号証の二)には三月二十五日から四月二十四日までの闘争経過が詳細に記述されているが右指令第六号追加に関する記載は全く存しないこと、紙筒工室の責任者である美川係長、佐村主任心得は同じ組合員でありながら全然怠業についての指令を受けていないこと等によつて明かである。しかも本件怠業は賃上要求のための争議行為ではなく、支部のみの問題である紙筒外注反対のための闘争の手段として別個の目的でなされたものである。従つて本部の指令が仮にあつたとしても右指令は賃上闘争のためのものであり支部の紙筒外注反対闘争のためのものではないから右指令の存在を理由に支部の怠業従つて本事件を正当なものとすることはできない。蓋し当時本部は勿論支部においても右紙筒外注反対のための争議実施について組合員の総意を問うたことなくその決議を経ていないからである。仮に以上が理由ないとしても本件怠業は会社の秩序破壊乃至業務妨害のみを目的とした積極的業務妨害戦術であるから違法な争議行為である。右のような次第であるから怠業の指導行為であることを理由に申請人等が前記違法な業務妨害についての責任を免れることはできない。
(7) 四月三十日外注紙筒倉入阻止事件。
紙筒(粉状爆薬を充填するための紙製円筒)に砂礫その他の異物が附着すると爆薬の填薬包装等の各工程において事故発生のおそれがあるからその取扱には特に注意すべきものである。ところが当日午後二時三十分頃松島倉庫課長心得(非組合員)が外注紙筒(社宅従業員の家族に内職として作らせた紙筒)を引取りこれを四号倉庫に搬入するために、植野運転手(組合員)の運転するトヨペツトに同乗して桜ケ原社宅に到り右社宅前道路上において右紙筒をトヨペツトに積込んでいたところ、その場へ馳付けた申請人今田、阿座上及び田川は右課長心得に対し「その外注紙筒を地面におろせ、おろさねばトヨペツトを動かしてはならぬ」と強要し、右課長心得が、おろせば紙筒がいたむ、トヨペツトを道路上に放置しては交通妨害になるとこれを拒否し右植野運転手と共に運転台に乗ろうとしたところ、右阿座上は突如その場で植野運転手を指名ストに入れ、もつて紙筒の運搬を妨害した。そこで右課長心得はやむなく非組合員にトヨペツトを運転させ自らもこれに同乗して午後三時頃作業所内四号倉庫前に近付くや、朝からピケを張つていた申請人斉藤(孝)は他二名の女子組合員と共に右倉庫の扉前に立ちはだかり、前記社宅前からトヨペツトを追駈けて来た右今田と共にスクラムを組み右課長心得が「紙筒を倉庫に入れさせよ」と申入れたのに右今田や斉藤(孝)はこれに応じなかつた。一方紙筒工室の女子従業員全員約四十名は右紙筒の搬入を知るや美川係長及び佐村主任心得が制止するのも聞かずほしいままに職場を放棄して右倉庫前に到り、右今田、斉藤(孝)及び阿座上等は右の女子従業員を指揮して倉庫扉とトヨペツトの間にピケツトラインを作り、右ピケ隊は騷然一団となつてスクラムを組み口々に右課長心得等会社側非組合員を罵倒し、遂には倉庫扉の一部を破壊するに至り、このまま倉入するにおいては紙筒毀損や負傷者を生ぜしめるかも知れない程の気勢を示し、もつて右課長心得をして紙筒の倉入を断念せしめその業務を妨害した。
右の指名ストやピケツトは支闘委員会により計画謀議の上、前記申請人等により指導実行されたものであるが、これも前記(6)事件と同様紙筒外注反対のための争議行為であつて、支部組合員の団体統一意思に基かず支闘委員会が賃上闘争のための部分スト権を不当に行使し又はその独断により外注紙筒倉入阻止の目的で強行した山猫争議である。しかも本事件における行為自体をみても紙筒運搬妨害のみを目的として指名ストを行い、平和的説得の域を越え脅迫強要や暴力の行使によつてピケツトを強行したもので、いづれもその正当な範囲を著しく逸脱した違法な業務妨害である。
(8) 五月五日外注紙筒倉入阻止事件。
当日午後二時三十分頃前記松島課長心得は右(7)事件によつて倉入を阻止されトヨペツトに積載したまま車庫に置かれてあつた外注紙筒を倉入するため、右トヨペツトを前記植野運転手に運転させて四号倉庫前に到つたところ、朝からピケを張つていた申請人斉藤(孝)は倉庫扉の前に立ちはだかり扉の鍵を握り片手で他一名の女子組合員とスクラムを組んで動かず、右課長心得が「紙筒を倉庫に入れさせてもらいたい」と丁寧に申入れたのに対して怒気を含んだ声でこれを拒否し、更には前記(7)事件と同様紙筒搬入を知り勝手に職場を放棄して馳付けた紙筒工室女子従業員三十六名を指揮してトヨペツトと倉庫との間に重厚なピケツトラインを張り、右の者等は右課長心得に対して暴言を吐き労働歌を高唱して多衆の威力を示し、やがて二時三十七分頃には申請人野村、阿座上、紺野、今田、田川、斉藤(直)等が相前後して同所に到つて右ピケ隊を指導して気勢を加えたのみならず、右野村、紺野、阿座上は前記課長心得に対して口々にトヨペツトの撤去を要求し或は砂塵混入のおそれがある川東工場へ紙筒を倉入することを強要してゆづらず更には紙筒を地面におろせとまで極言するに至つた。右ピケ隊はその間もスクラムを崩さないのみか体を左右に動かし右課長心得に罵声を浴せつづけ、若し倉入を行えばいかなろ不祥事をも惹起しかねない気勢を示し、右のピケツトにより五時四十分頃まで右紙筒の倉入が阻止され、会社の業務は妨害された。
右のピケツトによる業務妨害は支闘委員会によつて計画謀議の上、右申請人等により指導実行されたもので、その違法なること前記(7)の事件と同様であるが、その暴行乃至脅迫強要は更に甚だしいものがある。
(9) 四月九日以降紙筒工室出来高低下事件。
紙筒工室における女子従業員の紙筒巻作業の生産出来高は年間を通じて一人一日平均三千二百本が基準であるのに、四月九日から五月五日までの間の右平均出来高実数は別紙(三)「紙筒出来高実数表」記載の通り右基準量をはるかに下廻るものとなつたのである。申請人等は十七日以降のみが怠業による生産低下であるかのように言うがそうではない。右期間の生産低下はすべて支闘委員会が計画謀議の上右女子従業員に命じて遂行せしめた怠業によるものである。右怠業が山猫争議であり、賃上要求とは無関係に紙筒外注反対のための、しかも積極的業務妨害のための戦術として行われた違法な争議行為であることいづれも前記(6)事件において述べた通りであつて、かかる違法な怠業による生産阻害について支闘委員会の三役乃至委員たる申請人等が責任を負うべきは当然である。
(10) 指名スト事件。
申請人津曲が支闘委員長として本部から部分スト指令権を委嘱され右指令権に基いて本件指名ストが行われたこと自体は被申請人もこれを争わないけれども、次に述べる各指名ストはその目的と手段方法において左のような違法が存する。
(イ) 四月二十二日紙筒工室指名スト。
当日午前十時四十五分、支部は突然作業所に対し「十一時より十二時三十分まで紙筒工場の組合員五十一名に対する指名ストを行う」旨電話通告し、午前十一時よりこれを実施した。右は賃上闘争のための部分スト指令権を賃上闘争とは全く別個の紙筒外注反対闘争のために濫用したものでそれ自体違法な指名ストであり、仮にそうでないとしても右ストの通告から実施までにわづか十五分の余裕しかおいておらず、かかるストによつて紙筒の不足を生ぜんか完成されたダイナマイトを包装することができなくなり、場合によつては右爆薬は廃棄するの外なきに至るのであつて、かくては会社は過大な損害を蒙ることになる。このようなストは信義則及び法益権衡の原則に違反する違法な争議行為である。
(ロ) 四月二十四日捏和工室指名スト。
当日午後一時十分支部は作業所に対し「本日午後二時より四時三十分まで製薬課膠質係捏和工室組合員全員の指名ストを行う」旨通告し、午後二時からこれを実施した。右指名ストは最も危険なニトログリセリンの捏和作業に従事する組合員を対象とし、しかも通告と実施との間にわづか五十分の余裕しかおかずになされたものである。当日はたまたま休憩時間中に通告があつたのと作業所側の連絡が手順よくなされたのでスト開始までに安全処置を終えることができたが、このようなことは例外で右捏和作業が有機的な流れ作業である関係上、右のような指名ストによつて後の工程における作業ができなくなるばかりでなく通常の措置では前の工程における作業の停滞量が所定量を超えることとなつて前記施行規則第五条第九号規程第四十四条に違反し、又連絡不充分等により混乱を生ずるため同規則第五条第五号規程第四十条に違反すること必定であり、そのため危険発生のおそれが著るしく増大するに至るのである。かように右指名ストは火薬取締法規や火薬工場である作業所の危険性を無視して強行されたものであるからスト権の濫用として違法である。
(ハ) 四月二十七日膠質係主任心得指名スト。
当日正午申請人有福は製薬課第一課長大庭忠逹に対し作業を混乱させる目的で製薬課膠質係主任心得である松本茂、鶴崎好幸、金子忠男、浜井岩一の四名を午後一時三十分から四時三十分まで指名ストする旨通告し、一時三十分からこれを実施した。午後一時三十分頃は製薬課におけるダイナマイトの製造作業上最も多忙な時間であり、就中危険性の多い膠質ダイナマイトの製造工程を担当している者は特に注意を怠つてはならぬ時である上、右主任心得四名は保安上の中軸者として災害予防の任に当り作業の指示をしている者であるから、右の時刻に同人等が職場を離れると保安上の手薄を免れず従業員等は同人等の指示を得られないため、作業混乱乃至は責任の過重に伴う注意力散漫の状態を来し、かくては前記施行規則第五条第五号規程第四十条にも違反することになる。現に当日午後の作業は右主任心得の職場放棄によつて非常な困難を来したのである。かように右指名ストも火薬取締法規や火薬工場の危険性を無視して強行されたものであるからスト権の濫用として違法である。
(ニ) 四月三十日外注紙筒運転手指名スト。
当日申請人阿座上は前記(7)事件において述べたように桜ケ原社宅前道路上においてトヨペツトを運転しようとした運転手植野康人を突然指名ストに入れた。右指名ストは前記のように紙筒外注反対闘争の手段として外注紙筒の運搬を妨害するためにスト権を濫用し、しかも右植野にも予め了解を与えず瞬時にストに入れたものであつて違法である。
(ホ) 四月三十日労休代位指名スト。
四月二十九日午後支部は作業所に対し翌三十日製薬第一課の丸尾千鶴子、江崎孝子を労休にしてもらいたいと申入れたが、三十日朝作業所から作業の都合で右申入を拒否されたので、同日午前十時四十分より右両名を指名ストに入れた。右指名ストは労休申入の拒否に対する報復としてなされた労休代位のストであり、労休の目的を実現するためにストを行うが如きはその目的と手段において正当性を喪失したものであるからスト権の濫用として違法である。
(ヘ) 五月五日労休代位指名スト。
五月四日午後支部は作業所に対し翌五日製薬課膠質係の植野稔、真鍋美智子を労休にしてもらいたいと申入れたが、五日朝作業所から既に当日の作業人員が決定しているので都合がつかないからと右申入を拒否されたので、同日午前八時三十分から午後四時三十分まで右両名を指名ストに入れた。右ストも前同様労休代位のストでありスト権の濫用として違法である。
(ト) 五月二十六日労休代位指名スト。
五月二十五日午後二時頃支部は翌二十六日組合員十九名を労休にしてもらいたいと申入れたが、午後四時三十分頃作業所からかかる多数の労休は作業に支障を来すからと内十名についてのみ承認され他は拒否されたので、午後五時十分頃残り九名については翌二十六日午前八時三十分より指名ストに入れる旨作業所に通告し、二十六日右指名ストを実施した。右ストも前同様労休代位のストでありスト権の濫用として違法である。
(チ) 五月十日外注紙筒運搬員指名スト。
当日外注紙筒運搬のために作業所内九号倉庫に来た従業員山田大蔵、河口正助、岡田定、井村隆、赤間敏光の五名に対し、申請人有福は突然指名ストを指令した。右指名ストは(二)の植野運転手の指名ストと同様紙筒外注反対のための闘争手段でありスト権の濫用として違法である。
尚右(イ)乃至(チ)の各指名ストはいづれも支部が自己目的完遂のために会社の基本権を不当に侵害せんとするもので悪質極まる違法な争議行為であり、右はすべて支闘委員会により計画謀議の上実行されたものである。
以上(1)乃至(10)が前記解雇理由書に掲げた事件及び申請人等の行為の内容であるが、これに対する本件懲戒解雇の適否を検討するについて先づ留意すべきは厚狭作業所の危険性である。右作業所においては各種ダイナマイトその他爆薬の製造、並びに各種火薬類の製法使用法及び性能等の研究が行われている関係上、火薬類中最も鋭敏且つ強力なニトログリセリンをはじめ各種火薬の取扱量は大量に達し、しかもこれらは裸薬として取扱われているので火薬及びその原料はわづかの外力によつて爆発する危険があり、万一爆発を起した場合にはその殺傷力は強烈甚大でその被害の範囲は広範にわたるのであるから、作業所は火薬工場として特有の危険性を有しているのである。そして右火薬の取扱に関しては火薬類取締法、同法施行規則及びこれに基き会社が定めた危害予防規程があり、右法令・規程は火薬類による災害の防止及び公共の安全の確保を目的とするものであつて独自の法的根拠を有し、労働関係法令とは並列的関係に立つものであるから、使用者、従業員の区別なく厳格にこれを遵守すべく組合が争議行為や組合活動をなすに際しても右法令・規程に違反することは許されず、これに反する組合活動乃至争議行為は法の保護に値しない違法なものというべきである。しかも右法令・規程の内容は会社の就業規則に取入れられてあるからこの観点から作業所においては就業規則は特に厳格に遵守適用されねばならないのである。本件各事件において支闘委員会乃至申請人等は、既に述べたように、その独善的偏見に基いて会社の秩序を破壊し作業能率を阻害したものであり、そのため会社が著るしい損害を蒙つたことは明白であるからそのいづれの事件をとつても懲戒解雇に値するものであるが、特に前記(3)及び(10)事件は既述のように施行規則、規程に違反するのみならず労働関係調整法にも違反すると考えられ、右(10)事件の(イ)(ロ)(ハ)の各指名スト、(7)(8)事件における紙筒を地面へおろせと強要する行為はいづれも火薬工場の危険性を無視した破壊的行為であつて、かかる無謀な行動は到底会社の黙過し得ないところのものである。
次に留意すべきは既に明かなように、支闘委員会は本件各事件において賃上闘争を標榜しながらその実経営の破壊を意図し会社に対する加害のみを目的として不公正な手段に出でたものであつて、これは欧米学説にいわゆるサボタージユ即ち積極的業務妨害戦術というべく、しかも右諸事件はいづれも申請人等の一貫した害意により反覆累行された点に相関々係を有しているのであつて、この一連の相関的積極的業務妨害行為の違法性は特に高度というべきである。
右の次第であるから申請人等は先づ支部の闘争三役乃至闘争委員の地位にあつた者として前記支部の違法な争議行為乃至組合活動の計画謀議指令について責を負うべきであり、更に個人として前記各事件において自らなした行為についてその責を負うべきである。従つて申請人等はいづれも先づ組合役員として別紙(四)「適用条項表」記載の(A)表「計画謀議指令した事件」欄記載の各事件についてその下欄記載の就業規則所定の懲戒解雇条項に該当し、更に個人として同(B)表の「実行した行為」欄記載の各事件において自らなした行為につきその下欄記載の同条項(○印を附したもの)に該当するものである。
仮に本件各事件が個々のものとしては軽微であり個別的には懲戒解雇条項に該当しないとしても、前記のようにその行為は一連の加害意思に基き積極的業務妨害戦術として反覆累行されたものであるから、申請人等の行為はいづれも全体として前記懲戒解雇条項に該当するといわねばならない。
かような次第であるから被申請人が就業規則に基き申請人等を懲戒解雇に処したのは正当であつて本件解雇は勿論有効である。
(二) 本件懲戒解雇は不当労働行為であるとの主張について。
本件解雇が申請人等の正当な組合活動を理由になされたことは否認する。被申請人が申請人等を懲戒解雇に処したのは前記(一)で述べた通り申請人等の就業規則違反の行為しかもその情状が極めて重いことがその決定的原因であつて差別待遇の意思は全然存しないから申請人等の右主張は当らない。
(三) 本件懲戒解雇は懲戒手続に違反するとの主張について。
申請人等の右主張事実中旧労働協約失効の日が昭和二十七年十二月十日であること、協定書第三項にその主張のような定めがあることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。協定書第三項の規定は処分内容まで調査委員会の決定にまつべきことを定めたものではなく、調査委員会の調査方法に関しては何らの取極めもなされていないから同委員会自らこれを決定すべきものである。調査委員会は右協定に基き労使各七名の委員をもつて組織された上、六月十九日から七月三日までの間、被申請人会社の本社において十三回にわたつて開催され労使双方の委員によつて事実調査がなされたが、双方委員の調査の結果が全く対立して意見が一致しなかつたのでそれぞれの調査の結果を記載したものを調査報告書とし、これに労使双方の代表者が署名捺印の上七月三日付をもつて会社に提出したものであつて、これによつて調査委員会の調査は終了し被申請人はこの調査事実に基き本件懲戒処分をなしたのである。従つて被申請人は協定に定められた手続を誠実に履践しており手続上の違背は存しない。
(四) 本件懲戒解雇は著るしく処分の裁量を誤つたものであるとの主張について。
この点についての申請人等の主張事実はすべて否認する。元来労働法の分野においては労使間における立法自治並びに司法自治の原則が存し、懲戒処分をなすに当つては使用者がその懲戒権に基き一方的にこれをなす場合は別として、懲戒事由存否の認定、情状の判定及び処分の量定について労働組合の参加(いわゆる司法参加)がある場合にはその認判定乃至量定に違法があるべき筈なく、仮に使用者の判断に当初不当なものがあるとしてもこれは右組合の司法参加によつて是正されるのであるから、その結論は常に正当と認めらるべきであり、国家機関は右の結論について介入する権限を有しないのである。本件においては前述のように調査委員会の調査を経て懲戒処分がなされており、右調査委員会は懲戒処分についての協議決定機関ではないけれども一定の限度で会社の懲戒権の行使に制限を加えているものであるからその限りにおいて組合の司法参加があり、しかも就業規則には懲戒事由について具体的且つ詳細な規定があるから当然司法自治の原則に従うべきであつて、裁判所の審査権限は一定の制限を受け、懲戒事由存否の認定はとも角、少くとも懲戒処分の量定の適否乃至は懲戒権濫用の存否についてはその審査権限を有しないものである。従つて申請人等が処分の量定の不当を主張して裁判所に救済を求めることは許されない。
仮に裁判所に右の点についての審査権限があるとしても、被申請人が作業所の特殊性に鑑み申請人等のなした前記経営破壊を目的とする悪質な業務妨害行為に対して経営秩序維持の立場から懲戒解雇をもつて臨むのは当然であつてその処分の裁量に誤りは存しない。
(五) 仮処分の必要性について。
この点についての申請人等の主張事実中、申請人等が本案訴訟を提起したこと、申請人阿座上が組合専従者であることは認めるがその余の事実は否認する。昭和二十九年十二月十五日から十七日までの三日間山口県厚狭町で開催された組合中央委員会は申請人等(組合専従者を除く)に対して組合規約第百条により「組合運動犠牲者救援規定」並びにその細則を適用してその生活を保障することとし、保障の金額については「不当処分対象者の生活保証に関する規定」を定め、その財源も全組合員の出捐によつて確保されており、右阿座上を除く申請人等は現に月々在職当時と同額の収入を得ているのであるからその生活に支障はない。阿座上は組合専従者として組合から給与を受けているのであるから解雇によつても収入に変化はない。しかも申請人等の組合においては解雇により組合員たるの地位を失うわけのものではないから申請人等が組合活動を継続するになんら差支えなく、むしろ一層活溌な組合運動ができるから組合の弱体化ということも考えられない。これに反し若し万一仮処分命令が発せられるならば、たとえ被申請人が本案訴訟において勝訴の判決を得ても判決がなされるまでに申請人等に支給した給与の返還を期することは殆んど不可能であり、却つて被申請人において償うことのできない損害を蒙るおそれがある。よつて申請人等が本件仮処分を求める必要性は全く存しない。
第四、被申請人の右主張に対する申請人等の認否及び主張。
申請人等代理人は被申請人の右主張に対し次の通り述べた。
被申請人の右主張事実中就業規則第四十六条にその主張のような定めがあること、支部が四月十七日及び二十三日にその主張のような指示指令をなしたこと、支部がその主張の日時にその主張の組合員を指名ストに入れたこと、組合中央委員会がその主張の日に厚狭町で開催されたこと、申請人阿座上を除くその余の申請人等が組合から会社の給与にほぼ同額の金員の交付を受けていることは認めるが、その余の前掲申請人等の主張に合致しない事実はすべて争う。
(一) 桜指令第二号及びこれに基く支部の行為について。
桜指令第二号は中闘委員会が三月三日付で各支部に対し時間外休日出勤拒否、遵法闘争その他の非協力闘争の実施を命じたものであり、単にその準備を命じたものではない。本部は右指令を発すると共に各支部にオルグを派遣し具体的に闘争を指導せしめている。支部が賃上闘争の一環として遵法闘争や定時出勤を実施したのは右指令指導に基くものでなんら組合の統制に反するものではない。遵法闘争とは会社において各種法規に違反して作業させているときこれを遵守せしめるため組合員が法規に従つて行動することを言うのであつて、これはストライキその他の争議行為ではなくそれ以前の組合活動に過ぎないから、遵法闘争の実施にスト権の集約は不要である。仮に遵法闘争が争議行為であるとしてもストライキに属するものではない。組合規約第九十九条第一項「罷業権の発動及び停止は組合員の直接無記名投票による投票総数の三分の二以上で全組合員の二分の一以上の賛成を得なければならない」の規定にいう罷業権の発動たる行為はストライキのみであるから、ストライキに属しない遵法闘争を実施するについてスト権の集約は不要である。(1)事件(遵法闘争)は前記本部指令に基き本部からオルグとして派遣された神郡、繩田両中闘委員の指導を得て、電動車に規定通りのベルを取付けるよう勧告したものである。又(4)事件(定時出勤運動)は従来始業時刻前に無償で労務を提供していた組合員があつたのでかかる無償のサービス労働を拒否し、組合員が整然たる団体行動をとることによつて団結の強化を計ることを目的としてなされたものであり、いづれも前記本部指令に基き且つ予め中闘委員会の諒承を得た上、右繩田その他の中闘委員の指導によつて実施した非協力闘争であるが、これは労働力を価格通りに売渡そうという正当な組合活動に過ぎず、なんら会社の業務を妨害していないから争議行為ではないし、まして会社制度の変革や経営秩序の攪乱を目的とする行為ではない。
(二) 桜指令第六号追加と支部の減産闘争について。
桜指令第六号追加は四月十七日以降減産闘争実施の権限を支闘委員長に一任する旨の四月十四日付本部指令であつて、右指令は同日電話により厚狭支部に伝達されたものである。支部は右指令に基きオルグの笠井、繩田両中闘委員の指導の下に、当時支部のうちでも団結が一番固くしかも後述の紙筒外注問題をかかえて闘争の拠点と考えられており又作業の性質上からも減産を行い易い紙筒工室女子組合員の紙筒巻作業における減産を実施することとし、四月十七日午前八時三十分申請人津曲及び野村が同工室休憩所に赴き右女子組合員に怠業を指令したのであつて、右怠業が組合員の賃上闘争を有利に展開するためのものであることは言うまでもない。しかし怠業はこれを実施していることを知られないように行うところにその効果があるものであるから、同工室の責任者である美川係長や佐村主任心得には右の指令は与えていない。従つて同人等が右女子組合員に対してなした怠業実施指令の存在を知らなかつたのは当然である。又被申請人の言う部分協定なるものは調印されていないから初めからその効力を生じておらず、組合は争議実施について予告義務を負うものではない。本件賃上闘争中に本部又は支部が争議行為の予告をしたことはあるが、それは予告についての労働慣行があつたからではなく、組合側が単に儀礼的、任意的になしたに過ぎないし、本件怠業について予告をしていないのは怠業は職場離脱を伴わない争議行為であるためと怠業の効果をあげるためである。更に被申請人は「紙筒外注反対闘争の経過概要」の記載を云々するが右文書は外部団体に配布するために支部教宣部の書記が作成したものでその内容は正式文書としての正確さをもつものではないからこの記載から闘争の真相を云々することはできない。又四月二十一日申請人津曲が三戸勤労係長に紙筒工室の生産低下は指令によるものでないと述べたようなことはない。右の次第であるから本件怠業は本部の指令指導に基き賃上闘争の一環としてなされた正当な争議行為であり、山猫争議でないことは勿論紙筒外注反対のための争議行為でもない。尚右怠業はいわゆる消極的、平和的サボタージユであつてなんら積極的、暴力的なものではないから、これをもつて積極的業務妨害戦術であるという被申請人の主張は当らない。
(三) 紙筒外注問題について。
紙筒は以前から製薬課材料係紙筒工室において女子従業員の手巻作業によつて作られていたが、昭和二十八年三月頃作業所は支部に対して紙筒の需要増加に伴う作業員不足を理由に紙筒をいわゆる外注にしたいと申入れたが、支部は過去の経験から紙筒を外注することは従業員の労働条件を引下げるのみならず将来の馘首の準備であるとの理由で右申入れに反対し、紙筒の需要増加には本工員の採用で対処すべきであると主張して作業所と交渉をつづけた結果、同月二十日作業所は右外注計画を取止め人員不足は臨時工で補充する旨の取極がなされた。その後も作業所は紙筒を外注制にしたい意向を示し支部と団体交渉を重ねたが、結局昭和二十九年三月十六日紙筒外注問題は後日作業所と支部との間で経営委員会を持ちそこで具体的に検討してその措置を決定する旨の協定が成立した。支部は右協定を信頼していたところ作業所は約束の経営委員会を開催せず三月下旬密かに桜ケ原社宅に紙筒巻機械を設置して従業員の家族に内職として紙筒を作らせもつて外注を実施した。この様に団体交渉の結果を無視し支部を欺いて紙筒外注の挙に出た作業所の態度は支部組合員殊に紙筒工室の組合員を憤激させたのである。前記(5)事件はこのような状況の下に起つたものであり、(9)事件のうち四月九日から十六日までの間の紙筒生産高の若干の低下も右の事態に直面した従業員の深刻な精神的動揺によるものである。尚(6)(7)(8)事件、(9)事件のうち四月十七日以降の部分、(10)事件の一部は紙筒の外注に関係がないことはないが、これはいづれも賃上闘争の一環としての前記怠業及びその実効確保のための争議行為であつて、賃上闘争とは無関係に紙筒外注反対それ自体のために支部が勝手に行つたものではない。被申請人は紙筒外注に関係のある事件はすべて賃上闘争の範囲を逸脱し外注反対闘争のための違法な行為というがこれは全く事実の観察を曲げたものである。
(四) 各事件についての被申請人の主張に対する反駁。
(1) 職場離脱、電動車阻止事件。
前記申請人等が労休をとつた目的は団体交渉の準備のためだけではない。しかも従来作業所における労休は組合用務の内容を限定することなく与えられており労休時間の使用方法について作業所が干渉したことはないし、三月十八日の労休も慣行通り用務の内容を限定されていないから労休時間中に右申請人等が本件遵法闘争指導のために充電場にいたことが労休濫用、職場離脱になる筈がない。
電動車に完全な警鈴を具備することは労働安全衛生規則第四百二十六条及び作業心得に基く会社の法規上の義務であり、この義務は労働基準監督署による適用除外の認定を受けない限り免ぜられるものではない。従つて仮に安全委員会で被申請人主張のような決議をしたとしても右適用除外の認定を受けていないのであるから作業所が電動車にベルを完備すべき義務を免れるものではない。しかも右規則第十条の二第一項によれば労働者は安全装置が機能を失つたことを発見した場合は速かにその旨を使用者に申出なければならないこととされており、申請人等が職制者に対して右ベルの完備を勧告したのはそのためであつて故意に作業能率を阻害する目的でしたものではないから害意ある行為でもなければ信義に反する行為でもない。しかも当日の遵法闘争によつて電動車による運搬作業は殆んど影響を受けていないのである。たとえベルを整備するのに幾らかの時間を要したとしてもそれは法規に違反した電動車の運転を正規の運転に戻すために必要やむ得ないところであつてこの故に業務の正常な運営を阻害したとは考えられない。仮に本件遵法闘争が作業所の業務の正常な運営を阻害する行為即ち争議行為であるとしても、右は本部指令に基いてなしたものであること、これについてスト権の確立を要しないこと前述の通りであるから正当な争議行為である。
(2) ベル購入阻止事件。
申請人今田が矢田部や片岡に出会つたのは自転車で所外に煙草を買いに出ようとして全く偶然に正門附近で行合せたからであつて、右今田の行動が申請人等の謀議によるものであるとの被申請人の主張はいわれのない曲解である。今田は右矢田部や片岡とは顏見知りの間柄であり、同人等と話し合つた時間はほんの僅かであり、その内容も被申請人のいうようなものではなく、既述のように日常の軽い冗談にすぎずベルの持帰りやその取付を阻止する意図で話をしたのではない。
(3) 臨時組合大会時間延長事件。
従来支部組合大会は通常昼休時間に開かれることが多く右時間中に終了しないことも少くなかつたが、五分や十分の延長は作業所も別にこれを咎めたことはない。それ以上の時間延長の場合は議長の命で支部執行部乃至は闘争委員会が勤労課長又は勤労係長に諒解を求めており、作業所もこれを拒否したことはなかつた。そして大会時間の延長によつて喰込んだ作業時間の処理は作業所と支部がその都度協議してその時間の分だけ賃金を差引くか作業時間を延長するかしていた。四月十四日の臨時組合大会は議案が重大であつたので昼休時間内に終らなかつたため、議長が大会続行か否かを出席組合員に諮つたところ圧倒的多数で続行と決つた。そこで議長は支闘委員会に対し大会の時間延長について作業所の諒解を求めるよう指示したので、先づ申請人紺野が勤労課に電話し、更に午後一時四十五分頃同有福が再び同課に電話して右時間延長について諒解を得てあり、作業所に無断で大会時間を延長したものではない。従つて右時間延長は業務妨害でもなければ争議行為でもない。大会終了に際し、申請人津曲が組合員の要望に答えて当日の終業時間については支闘委員会が作業所と交渉して平常通り四時三十分に終業できるようにしたい、交渉の結果は後刻連絡する旨の発言をしたことはあるが、この時及びその後支闘委員会乃至申請人等が勝手に四時三十分に終業せよと組合員に指令したことはない。大会終了直後午後二時三十分頃から右有福は桐生勤労課長と延長時間の事後処理について交渉したが、結局同課長はどうしても作業時間を五時まで延長したいと主張して譲らないので、支部としてもこれに同意することとし午後三時五十分頃作業所にその旨通知すると共に各職場組合員に電話で午後五時終業に決定した旨を連絡した上、支闘委員自ら主要な職場を巡回してこの旨を説明しなお正門附近掲示板にもその旨を掲示して五時終業について周知徹底を計つたのである。かように支部は作業時間の延長の周知について作業所に全面的に協力しており、職場混乱を企図したことは毛頭ないし、各職場において作業混乱又は危険が生じた事実もない。
(4) 定時出勤阻止事件。
従来作業所においては遲刻早退は正門守衛所を基準に取扱われており、午前八時三十分までに入門したものは担当職場への到着がそれ以後になつても遲刻扱にされていない。従つて始業時間が午前八時三十分で労働時間には入門から担当職場までの所要時間を含まないという就業規則の規定は死文化し、現実にはその効力を失つていたものである。かように個人の場合に八時三十分入門が遲刻にならないのであるから、組合員が一斉に八時三十分直前に入門しそのために作業開始が多少遲れたとしても、それはサービス労働が行われなかつたというだけのことである。しかも本件定時出勤運動においては始業時刻前のサービス労働を全面的に拒否したわけではなく、その拒否をある限度に止め、形式的に残存する就業規則の規定にも牴触しない程度のひかえ目な方法をとり、四月十九日には殆んどの組合員が八時三十分頃には各自の担当職場に到着しており、四月二十四日には製薬課勤務の組合員も始業時刻にはその担当職場である製薬課工務室において配置板により当日の作業割当を受け平常通り作業に就いているのである。被申請人は製薬課における担当職場が各作業現場であることを前提にしているが、製薬課の作業の性質からして同課の担当職場とは配置板のある工務所をもつて担当職場とみるべきである。しかして右両日の定時出勤運動によつても当日の作業量は少しも低下していないのであり、作業量になんらの影響を与えない本件定時出勤運動はいづれも正当な組合活動である。仮に右定時出勤運動が作業所の業務の正常な運営を阻害する行為即ち争議行為であるとしても前記のように本部指令に基くものであるから正当な争議行為であり、業務の運営阻害の故に右定時出勤が違法になるわけのものではない。
(5) 四月八日紙筒工室作業中止事件。
前記(三)で述べた通り作業所が支部との協定を破つて一方的に紙筒を外注するに至つて紙筒工室の組合員は憤激していたが、四月七日申請人紺野は紙筒工室職場対策委員から、美川係長が組合員でありながら作業所の紙筒外注に協力し従業員に種々のいやがらせをするので何とか善処してもらいたいとの申出を受けた。そこで右紺野は翌八日右美川と話をするために紙筒工室へ赴いたのである。従前から作業場への立入について改まつて許可を求めるというようなことは行われておらず休憩時間中でも作業時間中でも立入は極めてルーズに認められており、私用で立入る場合でも簡単な挨拶を交す程度で自由に出入するのが慣例になつていた。このことは紙筒工室への立入についても同様であつて、右紺野が当日入室したのも従来通り右美川係長に一寸挨拶し右美川もこれに応じたので入つたまでのことであり在室中退去を要求されたこともない。そして紺野は美川に対して支部の反対している紙筒外注に協力しないよう要望し、又紙筒工室の責任者として作業人員の増加について作業所に意見を上申してもらえないかという意味の話をしたのであるが、そのうち同工室女子従業員は次第に作業をやめて紺野と美川の周囲に集つて来た。しかしこれは紺野が集めたわけではなく、同人と美川との話合の内容が当時右従業員達の強い関心を惹いていた事柄であつたので自然にこのような状態になつたもので、紺野自らも予想していなかつた自然発生的な出来事であり、しかも係長、主任、職長等職制者はいづれも在室しておりながら右従業員の行動を放置しこれに作業をするよう命じたものはない。むしろ職制とはなんの関係もない紺野がその良識から右従業員達に作業に就くよう勧めたので作業が開始されるに至つたものである。かようなわけであるから右従業員の作業中止について紺野が責を負うべき筋合はない。従つて紺野は被申請人の言うような不当な目的で無断入室したものではなく、同人の行為を捉えて秩序紊乱、業務妨害となすのは当らない。
(6) 四月十九日乃至二十一日紙筒工室作業中止事件。
四月十九日乃至二十一日は前記(二)で述べた通り正当な怠業の実施中であるから支闘委員である申請人等がその指導のために紙筒工室に入るのは当然のことである。その入室は前記(5)事件で述べたような従来通りの方法でなされているから違法の点はなく、申請人等が右工室内で組合員に話をしたり作業量を規整したりするのは怠業の指導行為である。四月十九日に申請人有福が美川係長と話をしたが、これは怠業指導のついでに同工室の責任者である同人に平穏に組合員の労働条件の向上についての要望を述べたに止まり支部役員としての当然の組合活動に過ぎない。又二十日及び二十一日に右有福が美川係長に対して退室を強要したことはない。尚会社側調査委員の調査報告書においては右立入り及び話合の方法がどうであつたかについては問題とされていない。
(7) 四月三十日紙筒倉入阻止事件。
前記のように作業所が外注によつて紙筒を生産することは支部との協定違反であるだけでなく、紙筒工室における怠業の効果を減殺せしめるものであるから、四月二十四日支闘委員会は、組合員は紙筒外注作業や外注紙筒の運搬に従事しないこと、外注紙筒の運搬に従事する組合員にはその作業拒否を勧告するが個人として作業を拒否し得ない場合にはその組合員を指名ストに入れることを決定し、これについては四月三十日の支部大会で組合員の確認を得ていた。申請人津曲は部分スト指令権を行使して植野運転手を指名ストに入れることとしその指令を同阿座上に伝達させたのであるが、これは右の支闘委員会の決定に基くものである。同阿座上、今田は桜ケ原社宅前で松島課長心得に対して外注紙筒を運搬しないよう申入れ、植野運転手には外注紙筒の運搬作業は拒否するよう勧告したが、右松島は外注紙筒を積んだトヨペツトを植野に命じて運転させようとしたので阿座上は植野に指名ストの指令を伝達したのである。右阿座上、今田及び申請人田川等は右松島に対してトヨペツトに積んである外注紙筒をもとの所へ返してもらいたいと要望したことはあるが紙筒を地面におろしてもらいたいと言つたことはない。尚右松島課長心得は当時会社と組合本部との間で非組合員とするかどうかについて交渉中の者であり、組合としては従前通り組合の統制を受くべき組合員として取扱つていたものである。紙筒工室の組合員は勝手に職場を放棄して四号倉庫前に来たものではなく、支闘委員会が組合員の連絡で外注紙筒が倉庫前まで運搬されたことを知り、かねての決定通り紙筒工室の組合員を部分ストに入れることとし、右阿座上をしてその指令を伝達させ、これによつてストに入つた組合員が右阿座上の指示で倉庫前に来たものである。部分ストに入つた組合員は安全且つ完全な事後整理をして職場を離脱しており、大庭製薬課長はこれを確認する旨の書類を出している。申請人斉藤(孝)、次いで同今田、阿座上は右倉庫前で松島課長心得やその他現場に来合せた課長等に対し外注問題について作業所と支部の話合がつくまで紙筒の倉入を見合せてもらえないかということを平和的な方法で交渉し、右紙筒工室組合員等も右申請人等と共に右倉入を止めてもらうよう懇請したにすぎないのであつて、その間右組合員等がスクラムを組んで実力で倉入を阻止したこともなければ扉を破壊したこともない。松島その他の課長等は右組合側の説得を受入れてその倉入を中止したのであり、かような平和的な懇請や交渉は許された正当な組合活動であつてなんら違法なピケツトではない。
(8) 五月五日紙筒倉入阻止事件。
当日申請人斉藤(孝)は四号倉庫前で紙筒外注問題が解決するまで紙筒の倉入を見合せてもらいたいと植野運転手や松島課長心得に頼んだことはあるが、その外に倉庫の鍵に手をふれるなど右倉入を妨害する行為は一切していない。申請人野村は四号倉庫前にトヨペツトが来たという知らせを受けたので支闘委員会のかねての決定に従い紙筒工室組合員に部分ストを指令し、ストに入つた組合員のうち一部を清掃担当者として同工室に残しその他の者には右倉庫前に行くよう指示したので、組合員等は右指示によつて同工室を出たものであつて勝手に職場を放棄したのではない。四号倉庫前で申請人野村はその要請によつて同所に馳付けた阿座上その他の申請人等と共に現場に居合せた大庭課長、桐生課長、松島課長心得等とトヨペツトに積んである外注紙筒の取扱について交渉したが、右交渉は極めて和やかに行われており一般組合員はその近くでこの話合を聞いていただけであつて罵声暴言を吐いたことはない。そして右交渉は仲々まとまらなかつたので場所を事務所に移して交渉を続けることになり、右申請人等や課長等はトヨペツトをその場に置いたまま倉庫前を去つたが、組合員は右交渉の成行を待つてその場に止まつていた。労働歌が歌われたのはこの時である。事務所における交渉の結果支部は紙筒の倉入に同意し作業所も倉入した紙筒を二、三日は使用しないということで双方妥協し、これにより直ちに右紙筒の倉入が実施されたのである。かように当日の説得や交渉も平穏になされているから正当な組合活動であつて違法なピケツトではない。
(9) 四月九日以降紙筒工室出来高低下事件。
四月九日から十六日までの間はそれ以前と比べて紙筒の生産高は幾分減少しているけれども急激な低下ではない。思うに当時会社は組合の賃上要求を頑迷に拒否しており、しかも紙筒工室においては前記のように紙筒外注問題で従業員の間に不安がみなぎつていたのでこれが生産高にも表れたものと思われるが、その当時においては支闘委員会は右の生産低下を全く知らなかつたのである。かように右期間の若干の生産低下は自然発生的な現象であるから申請人等がその責任を問われる理由はない。四月十七日より五月五日までの間の生産高の低下が本部指令に基く怠業の結果であり、右怠業が賃上闘争のための正当な争議行為であることは前記(二)で述べた通りである。
(10) 指名スト事件。
中闘委員会が支闘委員長に部分スト指令権を委嘱したのは、これを支部の具体的事情に応じ有効適切に行使させるためである。いかなる職場又はいかなる組合員をいつストライキに入れるかはその指令権を持つ者が戦術的考慮のもとに自由に決めるべきことであり、職場または人を限定した部分スト或いは指名ストが一般に正当な争議行為であることは言うまでもない。被申請人主張の指名ストはいづれも正当な争議行為である。
(イ) 四月二十二日事件。
作業所と支部との間にはストライキを実施する都度その予告をなすべき旨の協約はなかつたから、事前通告が全然なくとも本件指名ストが違法になるものではない。又予告時間が短かいため作業所が経済的に大きな損害を受けるおそれがあつたとしても、これはストライキが効果的に行われたというに過ぎず、その合法性になんらの影響を及ぼすものではない。
(ロ) 四月二十四日事件。
支部にストライキの予告義務のないこと、経済的に大きな損害を受けるおそれがあるというだけでストライキの合法性が失われないことは右(イ)で述べた通りである。当日ストライキ実施の際の職場離脱は安全且つ完全な保安上の処置をとつて行われており、具体的な危険発生のおそれは全く存しない。仮に事故発生の抽象的な危険性があつたとしても、作業所が従来支部との間に右予告時間を置くような協定を結ぶ努力をしないでおきながら、予告時間の短いことから起るかも知れない一切の問題を支部の責任にしようというのは独善的な主張であり、その責任は作業所自らが負うべきである。本件指名ストはどの点からみても合法である。
(ハ) 四月二十七日事件。
多忙で重要な業務を担当している者を使用者の予期しない時期に指名ストに入れるのは最少の犠牲で最大の効果を意図する争議の常道である。作業所でなんらの対抗措置もとらずに作業上の損失を蒙つたとしてもその故にストライキの合法性を左右することはできない。当日支部は保安を考慮して播磨主席係員を指名ストから除外しており、作業所長に対しては保安について不安があつたら支闘委員中の技術者を派遣するから申出てもらいたい旨通告してあり、指名ストに入つた四名の職場離脱は安全且つ完全な措置をとつて行われている。以上の点からみて右指名ストが合法なことは言うまでもない。
(ニ) 四月三十日事件(植野)。
本指名ストは前記(二)、(三)、(四)の(7)、で述べたところから明かなように植野運転手に外注紙筒運搬業務を放棄させることが怠業の効果を確保するために争議戦術上きわめて効果的であるから実施したものであつて、このような指名ストはスト権の濫用ではない。
(ホ) 四月三十日事件(丸尾、江崎)。
(ヘ) 五月五日事件。
(ト) 五月二十六日事件。
右三件の指名ストの動機が労休を拒否されたことにあつたとしてもその目的は組合員に業務を放棄せしめて作業所に経済的な損失を与えることであり、ただストライキ中の時間を利用して多忙な組合業務を担当させたまでのことである。このような指名ストは通常一般に行われているところであつて、争議目的の正当性を喪失したものでもスト権を濫用したものでもない。尚従来作業所が支部から労休を申込まれてこれを拒否することは殆んどなかつた。
(チ) 五月十日事件。
本指名ストも四月二十四日の支闘委員会の決定に基き賃上闘争のために行われたものであつて正当な争議行為である。
尚(イ)(ロ)(チ)の各指名ストは調査委員会における調査の対象となつていない。調査委員会では労使双方委員の協定によつて懲戒事由となるのは同委員会に上程された事件に限ることに決められてあるから、右(イ)(ロ)(チ)の事件は会社が懲戒事由として取上げることはできないのである。
(五) 作業所の危険性について。
作業所において火薬の爆発を生じた場合の被害の程度は他の産業より大きいこともあり得るが、その爆発の可能性については火薬には特有の管理方法があるからそれが正常に行われている限り特に大きいとは言えない。作業所においては火薬工場としての危険予防その他の措置は当然に行われており、申請人等はじめ全組合員は火薬の危険性やその予防措置を充分知悉して行動しているのであつて、かようにして運営されている作業所で行われた争議行為や組合活動が他の事業場に比して一般且つ抽象的に危険性が大きいと言うことはできないし、火薬工場なるが故に些少な行為が直ちに重大な就業規則違反となるものではない。作業所の危険性は具体的行為との関連において考察すれば足りるのである。尚ニトログリセリンはそのままの状態でなく爆薬として使用されるものであるが、その爆薬は比較的鈍感な部類に属する。被申請人は紙筒があたかも危険物であるかのように言うが、紙筒は平素の作業時においても地面におろしているし、素人である民家にその外注さえしたのであるから右の主張は矛盾も甚だしい。更に本件における支部乃至申請人等の行為はいかなる点においても火薬類取締法令や危害予防規程に違反するところはない。被申請人が挙げる右法令規程の諸条項が各事件の具体的内容とどのような関連があるのかその主張の趣旨は全く不明である。
(六) 本件は相関的積極的業務防害戦術であるとの主張について。
本件における争議行為はいづれも賃上要求貫徹のためになしたものであつて正当な争議行為としての加害意思こそあれ、それ以外に、ためにする悪意や害意はない。本件怠業は前記のようにいわゆる消極的、平和的なものに過ぎず機械設備の破壊、原材料の破棄等の事実は全く存しないし、前記指名ストが積極的業務妨害の性質を有するものではない。その他本件各行為は散発的に行われた、しかも、その影響が限られた部分にしか及ばないものであるから、これをもつて一連の積極的業務妨害戦術であると称するが如きは牽強附会の議論という外はない。
(七) 懲戒処分における裁量について。
懲戒処分をなすに当り被申請人のいわゆる労働組合の司法参加があつた場合にはその処分は常に正当であるとなし得る根拠は何処にもない。就業規則が仮に労働関係における立法自治のあらわれであるとしても、それ自体労使の当事者を規律する法規範であつてこれに違反した懲戒処分は無効であり、就業規則所定の懲戒解雇基準は使用者の一方的な立場から考察すべきではなく労使双方の立場を衡量した上、社会通念上懲戒解雇が相当とされる程度の事由があることを要するのであるから、懲戒処分の裁量の当否なかでも最重罰たる懲戒解雇に処することの当否を裁判所が判断し得べきは当然である。
(八) 仮処分の必要性について。
申請人阿座上を除くその余の申請人等が組合から金員の交付を受けているのは「組合運動犠牲者救援規定」の適用によつて無条件に支給されているものではない。右金員は特に今回の懲戒解雇処分に対処するために前記厚狭町で開催された中央委員会で定められた「不当処分対象者の給与保証に関する規定」により組合から借受けているものであり、右借受金は懲戒処分の撤回により従来受くべかりし給与が会社から支給された時を期限として組合に返還すべきものである。しかもその財源は組合員より月々徴収されるのであるが、これは組合員の生活に重大な脅威を与えるためその徴収は時を追うにつれ困難の度を加えつつある。かような組合の一時の救済方法では未だ申請人等の急迫の状態を避けるには到底不充分である。
第五、申請人等の右主張に対する被申請人の認否及び主張。
被申請人代理人は申請人等の右主張について次の通り述べた。
申請人等の右主張事実中、作業所においては午前八時三十分までに入門すれば遅刻扱いにされていなかつたこと、昭和二十八年以来作業所が支部に対して紙筒を外注にしたいと申入れて交渉を重ねて来たことは認めるが、その余の前掲被申請人主張に反する事実はすべて争う。
安全委員会は作業心得の具体的運営を定める権限を有しており、この権限に基いて前記電動車ベルの現状維持を決議したものであるから前記のような電動車の運転作業は違法なものではない。従来作業所における組合大会が三十分も作業時間に喰込むようなことは殆んどなかつたのであり、稀にあつた場合も事前に支部が作業時間の延長又は賃金カツトを承諾したときに限つてこれを認めたことがあるに過ぎない。これは危険作業の性質上作業時間の短縮は仕込薬の処理上重大な支障を来し不測の危険を生ずるからである。本件の大会延長による業務停止は、それが組合の主張貫徹の手段としてなされたものとすれば一つのストライキであるが、これについては組合規約第九十九条に定める手続を践んでいないから突然違法に行われたストライキであり、又それが右主張貫徹とは無関係に行われたものであるとしても就業時間中に勝手になされた組合活動であるから服務規律違反であり、申請人等はかかる違法な組合活動を続行せしめこれを阻止しなかつたことについて責任を負うべきである。右大会終了後申請人有福は作業所勤労課において桐生勤労課長に対し終業は四時三十分とし賃金は差引かないでもらいたいと申入れたが、作業所では当日午前すでに実働七時間労働に見合つた原薬の手配を終つており、大会終了後各職場においても午後三時間労働を予定して原薬を仕込んでいたので、右桐生課長は仕込薬の処理が終る午後五時まで作業してもらいたいと説明し協力を求めたが、右有福はこれに明確な回答を与えなかつたものである。昭和二十八年三月二十日の団体交渉で協定したのは今回は紙筒外注を行わないということだけで今後一切外注を行わないという約束をしたものではない。昭和二十九年三月十六日の団体交渉で紙筒問題は経営委員会において決めるというような協定はしていない。紙筒は爆薬の容器であるからその作業は爆薬生産量の消長に常に即応し得るような弾力性のある生産体制を整えておくことが必要であり、昭和二十八年頃から爆薬の需要増加に伴い紙筒工室の人員が不足になつたため作業所は紙筒巻作業の機械化の計画とにらみ合せて右計画実現までの間は爆薬生産に即応し得る最も合理的な紙筒生産方式として外注制を採用しようと考えたのである。元来この種の問題は会社がその経営権に基き自らの判断で実行し得べきことであるが、できれば組合側の協力を得て外注実施を行いたいと考え支部に対して種々説明をしたのであるけれども、支部は紙筒外注反対の態度を変えないため紙筒の不足に悩んでいたところ、遂には前述の怠業さえ始めたので紙筒は到底間に合わなくなり、作業所はやむなく経営権に基いて四月二十一日から紙筒の外注を実施するに至つたものであつて、この外注実施について支部から非難さるべき理由はない。尚紙筒を作業上地面におろしているのは常にコンクリート打の床の上であつて砂塵の多い道路等におろすことはない。申請人等は四月三十日及び五月五日のピケツトが怠業の実効確保のためのものであるというけれども、怠業そのものが違法な争議行為であるから右のピケツトが違法であること言うまでもなく、又右両日の紙筒工室組合員の職場放棄が申請人等の主張する部分ストによるものであるとしてもその目的は外注紙筒搬入阻止のピケを張るためであつて賃上闘争とはなんの関係もなく、かかる部分ストはスト権の濫用であると共に山猫ストというべきである。
第六、疏明<省略>
理由
第一、当事者間に争のない前提事実。
被申請人日本化薬株式会社(以下会社と言う)が申請人等主張のように本店、作業所及び工場を有する会社であつて、その従業員が日本化薬労働組合(以下組合又は本部と言う)を組織していること、申請人等が右組合厚狭支部(以下厚狭支部又は単に支部と言う)に所属する組合員で後記懲戒解雇処分の時まで右会社の厚狭作業所(以下単に作業所と言う)に勤務していたこと、昭和二十九年の後記賃上闘争中における申請人等の担当職場、並びに、その頃及び後記懲戒解雇処分当時における同人等の組合での地位が別紙(一)「担当職場及び組合地位一覧表」記載の通りであること、昭和二十九年二月十一日組合が会社に対し賃上を要求して交渉に入り、三月一日本部及び各支部に闘争委員会が設置せられたこと、組合が四月二日スト権を確立し、同月十日闘争宣言を発して同月十七日より争議行為に入つたこと、厚狭支部が遵法闘争(但しこれが争議行為であることについては争がある)、時限スト、部分スト、指名スト、怠業等を実施したこと、五月三十一日組合と会社の賃上交渉が妥結し賃金協定が成立したこと、会社が申請人等に対し、同人等に別紙(二)「解雇理由書」記載の行為ありとして、就業規則第百二十五条第三号・第九号・第十号・第十四号に基き、十一月十四日付で懲戒解雇に処する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争のないところである。
第二、申請人等に対する懲戒解雇事由の存否。
本件解雇が就業規則の適用による懲戒解雇であることは前記の通りである。就業規則は使用者が一方的に制定し得るものであるけれども、一旦客観的に定立せられた以上は一つの法的規範として使用者及び従業員双方を拘束し、使用者が就業規則を適用して懲戒処分をなす場合には、懲戒事由存否の認定、情状の判定、処分の量定等はその自由裁量に委さるべきではなく、使用者は客観的に妥当な適用をなすべき義務を負うものというべきである。ところで会社の就業規則(成立に争のない疏乙第二十七号証)によれば、その第百二十二条には懲戒の種類として譴責、出勤停止及び懲戒解雇の三種が定められてあり、第百二十三条乃至第百二十五条には右三種の懲戒処分の各該当事由が定められていることが明かであり、本来懲戒解雇は、従業員を企業内に存置せしめることを前提とする譴責や出勤停止と異り、従業員を企業から排除しその者に精神的、社会的、経済的に重大な不利益を与える処分であるから、会社がその就業規則を適用して懲戒解雇をなし得るのは従業員に就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事実があり、しかも参酌すべき情状のない場合に限られるのであつて、右の場合でないのに懲戒解雇をなしたときは当該懲戒解雇は就業規則の適用について重大な誤りをおかしたもので無効といわねばならない。この点に関し、被申請人は本件においては会社が懲戒解雇をなすに先立ち調査委員会の調査を経ており、同委員会には組合も参加し、いわゆる組合の司法参加があつたのであるから本件懲戒処分の量定は常に正当とさるべく、右処分の量定の適否について裁判所は審査権限を有しないと主張するが、たとえ組合が使用者のなす懲戒処分に或る程度関与したとしても、使用者が懲戒解雇事由以下の軽い懲戒事由しか存しない者を一挙に懲戒解雇に処するが如きは許されるところでなく、かような懲戒処分の量定が就業規則に違反することに変りはない。まして本件において組合が参加したという調査委員会には事実調査の権限があるのみで事実の認定、処分内容の決定についてはなんらの権限を有しないこと被申請人の主張自体から明かであり、結局は会社が独自の立場でその処分の量定をなしたものであるから、本件懲戒処分の量定について裁判所がこれを判断し得べきは当然で、被申請人の右主張は到底採用し得ない。従つて就業規則を適用してなされた懲戒解雇が有効であるためには、先づ従業員のなした行為の内容をもつて就業規則所定の懲戒解雇事由に該当せしめることに客観的妥当性があるのでなければならない。
しかして本件申請人等に対する懲戒解雇が別紙(二)「解雇理由書」記載の事実を理由になされたものであることは前記の通りであるが、被申請人は更にこれを敷衍して支部乃至申請人等の行為の具体的内容について前顕事実摘示第三、(一)の(1)乃至(10)の通り主張し、これに関連して厚狭作業所の危険性を強調するので、先づ右作業所の危険性は労働争議乃至組合活動の適否並びに就業規則所定の懲戒解雇条項適用の当否の判断をなすに当つてどのように考慮さるべきかについて検討し、次いで被申請人主張の事実の存否並びにこれを懲戒解雇事由に該当せしめることの当否について判断する。
(一) 厚狭作業所の危険性。
成立を認め得る疏乙第一号証の一、証人高原祥三の証言によれば、厚狭作業所は各種ダイナマイトその他の爆薬の製造研究を行う火薬工場であつて、従業員千三百数十名を擁し、わづかの衝撃で爆発するニトログリセリンはじめ各種火薬及びその原料等爆発物を大量に取扱う一大工場であることが認められるから、若し火薬等の爆発事故が発生するにおいては作業所の施設は勿論貴重な人命に甚大な被害を及ぼすこと明白である。従つて使用者たると従業員たるとを問わず火薬類取締法及びその附属法令並びにこれに基き定められた危害予防規程を遵守し、もつて火薬工場に特有の危害防止に万全の注意を尽すべきであつて、いかなる場合においても右火薬工場の危険性を無視することは許されない。しかしながら現在の労働法規の下においては火薬工場における争議行為一般についてはなんら特別の制限はなされていないのであるから、労働者はその正当な主張を貫徹するために争議行為をなし得ること勿論であり、高度に進歩した近代的大企業においてはいづれも夫々その企業に特有の危険性を有しないものはないのであつて、火薬工場には火薬工場独特の危険性はあるとしても同様のことが他の企業についても言えるのであるから、火薬工場における争議行為であるというだけでその正当性の範囲を特に他より狭く解すべき理由はない。もとより厚狭作業所には前記のような特殊の危険性があるため争議行為においてもこれを侵し得ないという一定の制限の存することは言うをまたないけれども、その限界については一般労働争議の法理に照らして考察する外はない。従つて本件の争議行為の正当性を判断するについても、それが火薬工場としての作業所の危険性を侵すものかどうかを具体的に観察し、これを一般争議の法理に照らしてその当否を判断すべきものである。そして争議行為以外の組合活動についても右に述べたところと全く同様のことが言い得るのである。また就業規則所定の懲戒条項を適用するに当つても会社の就業規則(前示疏乙第二十七号証)の規定自体にも明かなように、これを例えば火薬工場にとつてむしろ致命的な危険を惹起するおそれのある「許可なく火器を携行する者」(第百二十三条第六号)が単に譴責の、「所定の場所以外で喫煙し又は許可なく焚火、電熱器その他の火器を使用する者」(第百二十四条第一号)が出勤停止の各事由とされるに止まるように、火薬工場であるからと言つて、些細な服務規律違反や、火薬類取締法令のうち製造の基準を示したに過ぎない訓示的な規定(これを例えば火薬類取締法施行規則第五条第五号「危険区域内においては、特に静粛、かつ、丁寧な作業を行うこと」)に違反する行為がそれだけで直ちに懲戒解雇事由に該当するものとはなし得ない。懲戒解雇に値するかどうかはその者の行為が火薬工場の経営秩序に対してどの程度の反価値性を有するかに係るわけである。右就業規則の第百二十五条に懲戒解雇事由として第一号から第十三号までに具体的にその事由を挙げ、第十四号に「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつた者」と定めてあるのも右の意味においてこれを理解すべきものであつて濫りにこれを適用し得るものではない。従つて本件においては作業所の前記危険性を考慮しながら具体的に本件争議行為その他の組合活動乃至申請人等の個々の行為について前叙反価値性の有無及びその程度を考察し、それが被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当するか否かについて判断することとする。
(二) 個別的判断。
先づ被申請人主張の個々の事件についてその主張の事実の存否及びこれを懲戒解雇事由に該当せしめることの当否を順次考察する。
(1) 三月十八日職場離脱、電動車阻止事件。
当日午前八時三十分から申請人阿座上、斉藤(直)、斉藤(孝)、今田、田川等が作業所から労休を与えられており、右申請人等が午前八時三十分頃充電場にいたことは当事者間に争がなく、いづれも成立を認め得る疏乙第四号証の二、疏甲第九号証の一、第十、十一号証に、証人武広文次の証言、申請人紺野坦、田川保彦各本人尋問の結果を綜合すると、
三月十八日午前八時頃申請人紺野、阿座上、斉藤(直)、斉藤(孝)、今田、田川は他二名の支部闘争委員(以下支闘委員と言う)と共に充電場附近に到り、動力課電動車係職長池田弥一(組合員)に対し本日車輌は始業時(午前八時三十分)以後に運転せしめるよう指示した上、そのまま充電場前軌条附近で待機していたが、八時二十五分頃右斉藤(直)は折柄出勤して来た電動車係主任武広文次(組合員)に対しても右同様の指示を与えたこと、従来作業所には製品原料等運搬のために多数の電動車(電源は蓄電池)があつて、その大部分は毎朝始業時刻に充電場から出発し、その一部は作業の都合上始業時刻前に充電場を出発して作業現場に向つていたが、右申請人等の指示があつたため電動車はいづれも右始業時刻まで運転されなかつたこと、八時三十分始業サイレンの吹鳴と共に右田川及び紺野は右武広主任に対し電動車のうち警鈴(ベル)のないもの又は性能の悪いベルが付いている車輌は運転しないよう命じたところ、右武広はベル取付の要否についてしばらく右申請人等と討議したが、結局その指示に従つて完全なベルの付いている電動車のみを逐次発車させて、性能の悪いベルは修理させ、ベルのない車輌については柳井動力課長にその取付方を申出たこと、右電動車の警鈴としては従来から自転車用ベルが取付けられることになつていたが、当日実働する電動車二十九輌のうちベルの完全なものは十六輌に過ぎなかつたので、充電場内に並んで格納されている車輌のうちから完全な電動車のみが選別されて発車したため、その選別及び発車操作に時間を要し右十六輌の発車が終つたのは八時四十五分頃であつたこと、他の電動車については係員がベルを修理し又は他の予備車や従業員の通勤用自転車のベルを取外して流用し、更に足りない分は右柳井課長の命で矢田部幸彦が購入して来たベルを取付けるなどしてその完備した車輌から順次発車したが、当日運行すべき全車輌の発車が終つたのは午前九時五分頃であつたこと、この間の発車、ベルの点検及び取付は前記申請人等の指示により組合員である従業員の手で行われたが、右申請人等はその作業を実力の行使によつて妨害したものではないこと。
を一応認めることができ、右認定に反する疏明資料は採用しない。
そこで先づ前記申請人等(但し紺野を除く)は労休を濫用して職場を離脱したものかどうかについて考えるに、いづれも成立を認め得る疏乙第四号証の一、疏甲第六十三、六十四号証、証人桐生戦の証言、申請人有福正人(第一回)本人尋問の結果を合わせ考えると、作業所における労休とは組合員が作業時間中に組合業務(争議その他の闘争のための業務を含む)に従事するため作業所の許可によつて与えられる労務休暇であつて、賃金が差引かれる場合とそうでない場合とがあり、団体交渉のため等一定の場合に限つて賃金が差引かれず有給扱にされるが、このうち団体交渉のために与えられる有給の労休時間は原則として団体交渉に要する時間のみであつて、ただ職場から団体交渉の場所までの距離の遠い者は所属課長の許可を得て右交渉場所へ行くに要する時間だけ早く(約十分位)職場を離れることが許されていたこと、無給の場合の労休時間は一般に組合業務のために利用することができ作業所はその使用についてなんら干渉していないこと、支部役員が闘争指導のために闘争現場へ行く際には通常右無給の労休によつて職場を離れており、作業所もこのような労休を殆んど拒否することなく与えていること、当日は午前九時三十分から団体交渉が行われたものであるが、八時三十分から九時三十分までの労休時間は本来無給労休であつたところ事務上の手違から後日有給労休として処理されたに過ぎないことが一応認められ、右認定に反する疏明資料は採用しない。右認定の事実によれば当日の団体交渉前の労休が、与えられた当初から、右団体交渉の準備のためにのみ使用すべきものであつたとは考えられない。従つて前記申請人等は右労休時間を自由に使用し得るものというべく、遵法闘争指導のために充電場にいたとしてもこれをもつて労休濫用による職場離脱であるとはなし得ないから、この点の被申請人の主張は理由がない。
次に電動車の発車阻止の点について考えるに、前記のように申請人等のいわゆる遵法闘争によつて所定時刻における電動車の発車が遅れたことは明かである。申請人等は電動車に完全なベルを取付けることは会社の法規上の義務であるからベル取付に時間を要したとしても、それは法規違反の運転を正規の運転に戻すために必要やむを得ないことであつて、業務の正常な運営を阻害したとは言えないと主張するが、いづれも成立を認め得る疏乙第二号証の二、三、第三号証の一、三、第四十九号証の二、前示証人武広、証人山末健の各証言によれば、一月二十九日作業所の安全委員会においてベルのない電動車のあることが問題になつたが、種々討議の結果、現用の自転車用ベルでは音が低く故障も多いのでもつと性能のよい警鈴を研究することとし、それが完成するまでは現状維持とし特に注意して運転させる旨の決議がなされ、同日作業所の安全管理者山末健から小野田労働基準監督署第二課長伊藤雄一に対して右の決議について報告したが、右監督署からこの措置について特別の指示はなされていないこと、右委員会の決議は電動車係員にも周知されており、爾来ベルの破損した電動車に別段新しいベルを取付けることなく、一応そのままで各係員が注意しながら前示のような発車状況で運転業務が継続されて来たが、支部は当日まで作業所に対して特に電動車のベル完備についての要求をしていないことを認めることができるから、右安全委員会の決議が根拠あるものか若しくは正当なものであるかの点は別として、ともかく右のようにしてベルのない電動車の運行がなされ、支部も従来特にベルの取付を要求することなく右運搬業務関係を進展せしめておきながら、当日にわかに組合員に命じて一部早出の電動車を始業時刻まで遅延させ、その後ベルの修理や取付をさせてそれが完備するまで電動車を運転せしめなかつたことは、その限りにおいて、電動車による運搬業務の正常な運営を阻害したものという外はない。よつて申請人等の右主張は理由がない。
申請人等は右遵法闘争によつて業務の運営を阻害したとしてもこれは本部の桜指令第二号に基く正当な争議行為であると主張し、被申請人はこれを争い、先づ右指令は遵法闘争の準備指令であつてその実施を命じたものではないから本件遵法闘争は山猫争議であると主張するので、この点について考えてみるに、成立を認め得る疏甲第六号証、証人岡本京一の証言、申請人津曲直臣(第一回)本人尋問の結果を合わせると、組合中央闘争委員会(以下中闘委員会と言う)は、賃上要求の闘争について三月三日付桜指令第二号をもつて、各支部に対し組合員の一般投票によるスト権確立までの闘争組織の強化方針を示し、時間外労働休日出勤の拒否、遵法闘争その他の非協力闘争を職場会議の中から生み出すべきことを指示し、右非協力闘争の具体的実施指導のために中闘委員をオルグとして各支部に派遣したこと、厚狭支部では三月十二日の支闘委員会においてオルグとして派遣された神郡中闘委員の指導により前示電動車のベル取付要求を遵法闘争として行うべきことを決定した上、十七日の同委員会において、その実施を十八日としサービス労働拒否の建前から始業時刻前には電動車を発車させないこと、始業時刻になつてから電動車係にベルのない車輌にはベルを完備させることなどその具体的実施方法を協議し、翌十八日前記のようにこれを実施したことが認められるから、本件遵法闘争は本部の指導に基きその統制の下になされた争議行為ということができる。よつてこの点についての被申請人の主張は採用できない。
次に被申請人は右指令が遵法闘争の実施を命じたものであるとしてもそれは組合のスト権が確立されない間に出された違法な争議指令であるからこれに基く本件遵法闘争は違法な争議行為であると主張するが、労働組合法第五条第二項第八号において組合員の投票による賛成を必要とされているのは同盟罷業を行う場合のみであつて、その他の争議行為についてはこれを要しないものであり、組合規約(成立に争のない疏甲第四号証)の第九十九条第一項には「罷業権の発動及び停止は組合員の直接無記名投票による投票総数の三分の二以上で全組合員の二分の一以上の賛成を得なければならない」と定められてあるけれども、右規約に言う「罷業権の発動」たる行為のうちに同盟罷業以外のすべての争議行為も含まれると解すべき理由はないし、組合の慣行上遵法闘争について右規約所定の投票によるスト権の確立を要するとされていることを疏明し得る資料はない。尤も本件遵法闘争は前記のように一の争議行為であり、かかる争議行為としての遵法闘争の本質については、一種の部分ストであるとか又は一種の怠業であるとか種々論議のあるところであるけれども、その実施にスト権の確立を要するか否かの点からこれをみるときは、幾多種類の争議行為のうち最も典型的な同盟罷業についてのみスト権の確立が要求され、それ以外のものについては敢てこれを要求していない労働組合法及び前記組合規約の趣旨に鑑み、その行為の形態や組合員のおかす賃金上の危険の度合からして、少くとも純粋の同盟罷業とは同視し得ない右遵法闘争について、スト権の確立を経なければこれをなし得ないとすることは不当に組合活動を制限するものと考えられるから、本件遵法闘争がスト権確立前の本部指令に基いて行われたことを理由にこれを違法な争議行為ということはできない。よつて被申請人の右主張は採用できない。
更に被申請人は本件遵法闘争は害意に基き信義に反して行われた違法なものであると主張するが、作業所の安全委員会でたとえ前記のような決議をし、さきに述べたようにその報告を受けた監督署から特別の指示がなかつたとしても、労働安全衛生規則第四百二十六条第一号に定められてある動力車の警鈴備付の義務は所轄労働基準監督署長による同規則第百七十一条所定の適用除外の認定を受けない限り免除されるわけではなく、右適用除外の認定があつたことについては疏明がないから、右委員会の決議は単に一時的な便法に過ぎないものというべく、新しい警鈴が考案されるまでの間といえども電動車にはその作業の安全、危害防止の必要上、少くとも従来の自転車用ベルを取付けるべきであるといわねばならない。従つて支部がたとえ闘争の手段として右ベルの取付を要求したとしても、これをもつて会社に対する害意に基いてなした信義に反するものというわけにはゆかないから、被申請人の右主張も採用することはできない。
叙上の通りであるから本件遵法闘争は正当な争議行為ということができ、申請人等の個々の行為にも別に違法不当な点は認められないから、前記申請人等の行為を支闘委員乃至個人の立場から被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当せしめることはできないし、ましてその余の申請人等が支闘委員会のいわゆる三役(以下これをも含めて支闘委員会の構成員を単に支闘委員と言うことがある)というだけで同人等に本事件に関して右事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(2) 三月十八日電動車ベル購入取付阻止事件。
当日午前八時四十分頃、自転車用ベルを所外で購入して作業所へ帰つて来た矢田部幸彦(組合員)が正門附近で申請人今田に会い、そこへ片岡良助(組合員)が来合せたことは当事者間に争がない。被申請人は右今田が矢田部にベルを自転車店に返却することを強要し、片岡に対してベルをおそく取付けようと命じて右ベルの持帰り及び取付を阻止したと主張するが、証人矢田部幸彦の証言、申請人今田常雄本人尋問の結果を綜合すると、申請人今田は別に右矢田部の帰りを待構えていたわけではなく、労休時間中自転車に乗つて煙草を買いに所外へ出ようとしたところ偶然正門附近で同人と出合つたものであること、右今田はそれまで充電場にいて前掲(1)の遵法闘争に立会つていたので、矢田部の持つていた物がベルであることを知つて同人や片岡等と数分間話をしたが、これはお互い顏見知りの組合員仲間の立話に過ぎないもので別に右今田が脅迫的態度に出たわけではなく、数分後には右片岡が皆が待つているからベルを持つて帰ると言つてこれを持つて職場に帰つていることが明かであり、その他の被申請人提出援用の全疏明資料によつても右今田が支闘委員の立場から矢田部や片岡の意思の自由を拘束したものとは到底認められない。従つて右の今田の言動を捉えて矢田部や片岡のベル持帰り乃至その取付を故意に妨害したものとはなし得ないから、被申請人の右主張は採用できない。よつて本事件に関し申請人今田に被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当する事実はなんら存しないものといわねばならず、ましてその余の申請人等に懲戒解雇事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(3) 四月十四日臨時組合大会時間延長事件。
当日支部の臨時組合大会の時間が約三十分間延長されたことは当事者間に争がなく、成立に争のない疏乙第三十一号証の三、いづれも成立を認め得る疏乙第六号証の一、二、第七号証の一乃至四、第三十九号証の一乃至五、第五十二号証の一、二、三、第七十七号証の一乃至四、第七十八号証の一、二、疏甲第十七乃至二十三号証、第六十五号証、前示証人高原、桐生、証人三戸東治、河村昭、大庭忠達の各証言、前示申請人紺野、有福(第一回)、申請人阿座上正人、斎藤直各本人尋問の結果を綜合すると、
四月十四日の支部臨時組合大会は前日に作業所の諒承を得た上、午後零時三十分から一時三十分までの昼休時間を利用して第三休憩所において開催されたが、右大会は組合の賃上要求について会社側申請の中央労働委員会の斡旋を受けるか否かについて支部の態度を決する大会であり、又ストライキ開始直前のことであつたので報告事項や質疑応答が多く午後一時三十分の始業時刻になつても議事は終了しなかつたこと、そこで議長寺坂珍晴は右大会を続行するか否かについて出席組合員の意見を問うたところ、大多数の組合員が続行に賛成したので、右議長は支闘委員会に大会の続行について作業所側の諒承を得るよう要請した上議事を進行せしめたこと、右大会には支闘委員も出席していたので先づその一人である申請人紺野が直ちに勤労係長三戸東治に電話をし同係長から約十分間の大会時間の延長について一応諒承を得たが、一時四十五分頃になつても未だ大会は終了するに至らないので、更に支闘書記長である申請人有福が電話をもつて右三戸係長に対し再延長について諒承を求めたところ、同係長は一応難渋の態度を示したけれども結局明確にこれを拒否せず単に早く終つてくれというあいまいな返答をしたに止まり、傍にいた勤労課長桐生戦も右係長に明確にこれを拒否させていないこと、右大会は午後三時過ぎに終了したがその際出席組合員及び議長から支闘委員会に対し大会時間は延長されたが終業時間は延長されないよう取計らつてもらいたい旨の発言があり、これに対し支闘委員長である申請人津曲が支闘委員会において作業所と協議交渉の上、できるだけ平常通り四時三十分に終業できるようにしたい、詳細は追つて連絡する旨を述べたこと、他方作業所においては当日午後一時三十分から事務所で課長会議が行われ製薬第一課長大庭忠達もこれに出席していたが、午後二時三十分頃同課長は製薬課膠質係長心得石井旭から電話で午後の作業について指示を求められて、作業時間を三十分間延長するからその積りで作業を進めるよう指示したこと、右大会終了後前記有福は支部代表として事務所勤労課において、前示桐生勤労課長に対し大会時間を延長したことについて改めて諒解を求め更にその事後処理について協議し、有福は平常通り四時三十分に終業すること及び右大会延長のため就労しなかつた約三十分間の賃金を差引かないことを申入れたところ、桐生課長は延長時間が三十八分に及んだのであるからと作業時間を三十分間延長することを主張し、これに対し有福は終業が五時になると交通機関殊に汽車時刻の都合上従業員の帰宅が不便になるので賃金は差引かれてもよいから平常通りの終業にしてもらいたいと要望したので、三時頃同課長は右会議中の大庭課長に支部の要望を伝え作業の都合を尋ねたところ、大庭課長からはすでに前記のような指示を膠質係に与えていたので五時まで作業しないと困るとの返事であつたので、桐生課長も有福に対して作業時間の三十分間延長を強く要望したこと、右有福は作業所の作業時間延長の要望について支闘委員会に諮るため、桐生課長に対してその即答を留保し、三時二十分頃一応協議を打切つて支部書記局に引揚げたこと、高原作業所長は課長会議に出席してこれを主宰しながら右協議の結果を待つていたが、桐生課長から有福は五時終業については即答を留保し協議は一応打切りになつた旨の報告を受け、若しこのまゝで四時三十分に終業したのでは予定の作業が完了せず職場に危険が生ずるかも知れないと考え、各課長と諮つた上、三時三十分頃支部からの回答を待たず作業時間を五時まで延長する旨の業務命令を出し、各課長は所轄職制者にその旨を連絡したこと、この間右有福は書記局において前記津曲に作業所との協議の経過を報告し、津曲は有福はじめ申請人野村、紺野、田川、阿座上その他の支闘委員等と終業時間について支部の態度を協議したが、さきに右阿座上が三時十分頃から製薬課の作業状態を巡視した際、同課の現場のうち膠質係ではすでに五時までの予定で作業を進行していることが判明していたので、右委員等は四時三十分終業を固執しては作業に混乱を生ずるおそれがあると判断し、支部としても五時終業に同意することゝし、三時五十分頃作業所に対しては右有福が桐生課長にその旨を通知し、各職場にはそれぞれ電話をもつてその旨を連絡し更に支闘委員自ら職場に赴いて五時終業の旨を説明して廻り、正門附近にも掲示を出すなどして組合員に五時終業を周知せしめたこと、午後の作業時間中右支部の指示がなされるまでに、申請人紺野及び斎藤(直)が数名の組合員から終業時間について尋ねられて、支部としては四時三十分終業の予定で作業所と協議中である旨回答したこと、組合員等は午後の作業に就いてからも四時三十分に終業できることを期待していたが、支部と作業所との協議の結果について仲々連絡がなく、支部側からは右のように四時三十分終業の態度で協議中であるとの情報が入り、作業所側からは五時まで就業の予定であるとの情報が入るのみで正式の終業時間が確認できず各課係の連絡が不充分となり、製薬課の膠質係の外は多少作業に円滑を欠くに至つたこと(この間右膠質係のみは前記大庭課長の直接の電話指示によつて五時まで就業の予定で原薬の仕込をなし支障なく作業を続行していた)、午後三時三十分に至り前記のように作業所から業務命令が出され、次いで三時五十分頃支部から前記の指示連絡があつたので全従業員は五時まで作業を続け、当日の午後に予定されていた作業は各課とも殆んど支障なく行われて平常と変りなく作業を完了していること。
が一応認められるが、三戸係長が有福に対し大会の延長を明確に拒否し直ちに作業に就くよう要求したこと、支闘委員会が午後二時二十分頃勝手に前記有福、紺野、斎藤(直)をして各職場に対し四時三十分に終業するよう指示せしめたこと、職場が混乱して作業に支障を来し危害発生のおそれが増大したこと、作業終了時に製薬課の各製造工室に残薬が生じたり、他の工室において火薬又は原料が定められた停滞量を超えたことについてはこれを認めることができない。しかして右認定に反する前示証人、本人の各供述部分並びに疏甲乙各号証の記載部分はいづれも措信できない。他に右認定を左右するに足る資料はない。
そこで先づ前記大会の時間延長が無断でなされたものであるか否かについて考えるに、前記疏明資料によれば、従来においても昼休時間中に行われる支部の組合大会が延長されることは少くなく、三戸勤労係長が支部からその延長について諒承を求められた際には、これを承諾する場合でも必ずしも明確に承諾の意思を表示しないでなるべく早くやめてもらいたいという返事をしていたこともあることが認められ、本件の場合はさきに認定したように最初申請人紺野のなした延長の申入については三戸係長が一応これを諒承しており、申請人有福が再度なした申入については、右のような従来の三戸係長の承諾の仕方、並びに前記のような当日の同係長の応答の模様及び桐生課長の右係長や有福に対する態度等を考え合わせると、作業所も当日の大会は争議開始直前の重大な段階におけるものとしてその時間の延長を黙示的に承認していたものと認めるのを相当とし、右大会の時間延長については作業所の諒解があつたものと言えるから、この間の業務停止について申請人等に責任を問うことはできない。よつてこの点についての被申請人の主張は採用できない。
次に前記のように午後の作業においても被申請人主張のような支闘委員会の四時三十分終業の指示、職場混乱や危害発生のおそれが増大した事実は認められないが、多少作業の円滑を欠いた点があるのでこれについて今少し考えてみると、前示疏明資料によれば従来支部の組合大会が延長された場合にその事後処理として作業時間を延長するか否か、作業時間を延長しない場合に賃金を差引くか否かについてはその都度作業所と支部との協議で決められており、その取扱は一定していないことが認められ、大会時間延長の場合は終業時間も自動的に延長されるというわけではなかつたのであるから、当日の終業時間についても右の慣行に従い協議によつて決定さるべきものであつたと言うことができ、右大会の終了に際して組合員等が平常通りの終業を支闘委員会の交渉に期待したのも当然であると考えられるし、また現に前記のように桐生課長が申請人有福の申入れについて協議をし、作業所側も全体としては右協議の結果を待つていながら、たゞ大庭課長のみは早くから一部作業現場に五時までの作業手配をしたりして、その措置に統一を欠いたところがあり、これが右協議の長引いたことゝ相まつて不正確な情報を生み従業員の作業態度に不安定な状態をもたらしめたものと推測できる。しかし前記認定の事実によれば桐生課長が協議の当初から製薬課の一部で五時までの作業予定で原薬の仕込を命じたことを知りながらこれを秘して形式的にのみ協議をするような風を装つていたとも見受けられず、桐生課長は一般的に作業量確保の点から、有福は組合員の帰宅の便宜の点からそれぞれ誠実に協議をしたものと考えられるし、特に支部が作業を混乱させる目的で協議を故意に遅延せしめたことを窺い得る疏明はないから、当日の作業に多少の不安定な状態を生じたことについて支闘委員会や申請人等が積極的に影響を与えたものとはなし難い。従つてこの点について申請人等に責任を負わせることは失当である。叙上の通りであるから本事件について申請人等に被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(4) 四月十九日、二十四日定時出勤阻止事件。
支部が四月十七日組合統制部示達をもつて組合員に対し四月十九日は午前八時二十分より同三十分までの間に入門することを要望する旨を指示し、四月二十三日掲示をもつて製薬課組合員に対し四月二十四日以降は午前八時三十分製薬課工務室において配置板により自己の配置を確認し指定の工室に入室せよと指令したことは当事者間に争がなく、成立に争のない疏乙第十一号証の一、二、前示疏乙第三十一号証の三、いづれも成立を認め得る疏乙第九号証の一、二、三、第十号証、第十二号証の一、二、第四十一号証の五、第七十九号証の三、四、疏甲第二十四、二十五、六十八乃至七十一号証、前示証人桐生、大庭、岡本の各証言、同申請人津曲(第一回)、有福(第一回)、紺野、阿座上、斎藤(直)、田川、今田各本人尋問の結果を綜合すると、
厚狭支部は桜指令第二号に基く非協力闘争として定時出勤運動を行うことについて中闘委員会と連絡の上、本部から派遣されたオルグの繩田、笠井両中闘委員の指導により、四月十四日の支闘委員会において午前八時三十分に入門することが定時の出勤であるとの見解のもとに、就業時間前のサービス労働を拒否し団体行動をとることによつて賃上闘争の組織強化を計る目的で定時出勤運動を行うことを決定し、先づ十七日に前記統制部示達を出し、次いで二十三日に前記指令の掲示をしたものであること、
(イ) 四月十四日申請人有福、紺野、阿座上、斎藤(直)、斎藤(孝)、今田、田川等は午前八時頃から正門及びその附近の築山・事務所・第一工務所の辺りに散在し、紺野は正門守衞所で入門して来る組合員に対し今日は定時出勤であるから八時二十分まで正門附近の第一休憩所で待機するよう説示し、その余の右申請人等もそれぞれの場所で右と同旨の説示をなし、組合員等は右申請人等の指示に従つてそのまゝ第一休憩所附近で待機していたこと、右紺野及び今田は守衞所に各職場の鍵及び鍵箱を受領しに来た組合員にも八時二十分までは鍵等を受領しないよう説示したこと、八時二十分過ぎになつてから第一工務所前にいた右田川が、待機していた右組合員等に対して混雑することのないようゆつくり職場に行くよう指示し、これによつて組合員等は一斉に各自の職場に赴いたこと、作業所においてはかなり広い地域に作業工室が散在しているため正門から各課工務室及び作業現場までは相当の距離があり、特に正門から製薬課、原薬課の各工務室、休憩所まで約四百三十米、同所から同課各作業工室まで約二百十米乃至七百八十米の距離があり、その上作業員は入門後各工室に到る途中各課休憩所で作業衣と着替える必要があるため、入門してから各作業工室に到達するまでにかなりの時間を要し、最も遠い工室に達するには徒歩約二十分を要すること、当日は組合員が右のように八時二十分過ぎに正門附近の第一休憩所を出発したので、少くとも製薬課の組合員の大部分は八時三十分までには各担当作業工室に到着できなかつたこと、当日非組合員には右定時出勤運動への参加を求めていないこと、
(ロ) 四月二十四日申請人斎藤(直)、斎藤(孝)は前記二十三日の指令を励行せしめるため、午前八時二十分頃から製薬課工務室前附近において、出勤して来た製薬課組合員に対し八時三十分に配置板を確認しその後に各職場に行くよう要請し、組合員はその指示によつて右工務室又はその隣接休憩所附近で待機し、八時三十分になつてから右工務室前の配置板に指示されてある自己の職場を確認した上それぞれの作業工室に赴いたこと、前記のように製薬課工務室から各作業工室まではかなりの距離があるため右組合員が各作業工室に到着したのは八時三十分以後となり、特に硝ダイ第六填薬工室においては八時四十分までに到着した組合員は一人もなかつたこと、作業所においては全従業員の職場はほゞ定つているけれども、生産作業に従事する者は常に同じ場所で作業するわけではなく、その日の作業計画と必要人員の都合によつて作業場所が多少変更されることがあり、このため作業所では前日終業時頃又は当日始業時前に各課工務室前に掲げる配置板によつて従業員の作業場所を指示し、当日出勤した従業員は先づ右配置板で自己のその日の作業場所を確認してから指定された場所に赴いて就業しているものであること、四月二十四日製薬課工務室前には八時三十分以前から配置板が掲示されてあつたこと。
は一応認められるが、右両日とも前記申請人等が実力乃至威力に訴えて従業員の通行を阻止したことの疏明はなく、右紺野、今田が四月十九日従業員が守衞所から鍵又は鍵箱を受領するのを実力の行使によつて阻止したという点に関する疏乙第五十三号証の二(その成立は認め得る)の記載内容は申請人等提出援用の前示疏明資料と対照するときはにわかにこれを措信し難く、他にこれを疏明し得る資料はない。
申請人等は右両日の定時出勤運動はいづれも業務運営を阻害したものではないから争議行為ではなく、仮に争議行為であるとしても正当なものであると主張し、被申請人はこれを争い、右はいづれも山猫争議行為であつて違法なものであると主張するので、この点について判断する。就業規則第四十六条には始業は午前八時三十分とし労働時間には入門から担当職場までの時間を含まない旨が定められていること、作業所においては午前八時三十分までに入門すれば遅刻扱にされていないことは当事者間に争がなく、前示疏乙第四十一号証の五、いづれも成立を認め得る疏乙第四十一号証の一、二、四、第七十九号証の一、前示証人桐生、大庭の各証言によれば、従来作業所においては製薬課はじめ各課作業員は右就業規則の規定に従い午前八時三十分までに、休憩所で作業衣に着替え配置板を見て指示された職場に到着し、右時刻の始業サイレンと共に作業を開始しており、右時刻に作業現場に到着していない者は極く少数に過ぎないこと、前記のように正門から各課の作業現場までは相当の距離があるので事務所その他正門に近い場所で勤務する者のほか大部分の従業員は午前八時乃至八時十五分頃には正門を通過して職場に赴いていること、四月十九日及び二十四日はいわゆる定時出勤運動が行われたため製薬課はじめ各課では作業開始が平常より遅れ生産面にも多少の影響があつたことが認められ、右認定に反する疏明資料は採用しない。そこで先づ(イ)の四月十九日の場合について考えるに、当日の定時出勤運動によつて組合員が前記のように組織的行動をとつたため作業開始が平常より遅れ、その間作業が行われなかつたものである以上、作業所の業務の正常な運営は阻害されたという外なく、右定時出勤運動は争議行為といわねばならない。申請人等は個人が八時三十分までに入門すれば遅刻にならないのであるから、組合員が一斉に八時三十分直前に入門しそのために作業開始が多少遅れたとしても、それはサービス労働が行われなかつたというだけで争議行為とは言えないと主張するが、八時三十分入門が遅刻にならないということは人事経理における取扱上の問題に過ぎず、作業所の業務に従事したか否かはこれと別の問題であつて、従来作業が就業規則通り八時三十分に開始されて来ている以上、たとえ右時刻までに入門してもその後組織的に作業の開始を遅らせることは会社の業務を停廃せしめるものであることに変りはなく、遅刻にならないから争議行為でないというが如き主張は到底肯認できない。しかしながらこの定時出勤運動は前記のように組合の桜指令第二号に基きオルグの指導によつて賃上闘争の一環として組合の統制の下に行われたものであるから正当な争議行為ということができ、これが山猫争議であるとの被申請人の主張は採用できない。次に(ロ)の四月二十四日の場合について考える。さきに認定した製薬課の就業状況から考えてみても、就業規則第四十六条にいう担当職場とは各作業員が現に作業を行うべき職場を意味することは明かであり、二十四日は前記のように定時出勤運動によつて製薬課組合員の担当職場到着が始業時より遅れ、このため平常通りの作業開始ができなかつたのであるから作業所の業務の運営は阻害されたというべきであるが、これが賃上闘争の一環として組合の統制の下に行われたものであることは右十九日の場合について述べたところと同様であるから、二十四日の定時出勤運動も正当な争議行為ということができ、この点の被申請人の主張も採用できない。更に被申請人は右両日の定時出勤はいづれも会社制度の変革、経営秩序の攪乱のみを目的とした害意ある積極的業務妨害行為であると主張するが、支闘委員会乃至申請人等に右のような目的があつたことを窺うに足る疏明資料はなく、右両日の定時出勤運動の実状をみても組合員の労務提供がわづかの時間なされなかつたという消極的なものに過ぎず、なんら積極的な性質を有するものとは認められないから、これを害意ある積極的業務妨害として違法な争議行為であると言うことはできない。よつて被申請人の右主張は理由がない。
叙上のように前記両日の定時出勤運動はいづれも正当な争議行為であり、申請人等の個々の行為にも違法、不当な点は認められないから、前記申請人等の行為を支闘委員乃至は個人の立場から被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当せしめることはできないし、ましてその余の申請人等に本事件に関して右事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(5) 四月八日紙筒工室作業中止事件。
当日申請人紺野が紙筒工室に入室したことは当事者間に争がなく、前示疏乙第三十一号証の三、いづれも成立を認め得る疏乙第十三号証の一、第四十二号証の三、第五十四号証、疏甲第二十七、七十二、九十七号証に、証人美川重夫の証言、前示申請人紺野本人尋問の結果を綜合すると、
紙筒工室は製薬第一課材料係に所属し、紙筒巻作業、薬包紙・被包紙のパラフイン漬作業等が行われる工室であること、申請人紺野は当日午前十時五十分頃紙筒工室に入り同工室内で伊藤運搬主任と話をしていた材料係長美川重夫(組合員)の傍へ行き、同人に対して話したいことがあると言つたところ同人もこれに応じたこと、そこで右紺野は右美川に紙筒不足を理由に紙筒工室の労働を強化しないでもらいたい、人員不足ならば臨時工を雇うよう課長に上申してもらいたい、従業員に対するいやがらせの言辞は慎んでもらいたい、貴方は作業所の紙筒外注に協力し職場の者に内密で外注の世話をしたり自宅に紙筒巻機械を取付けて紙筒を巻いたりしているそうだが、この際それは止めてもらいたい、職場の問題は従業員の意思を尊重してもらいたい等を要望したこと、当時作業所は紙筒の不足を理由にこれを他に注文(いわゆる外注)する計画準備を進め支部なかんずく紙筒工室組合員はこれに反対していたのに拘らず、美川は組合員でありながら作業所の紙筒外注に協力していたので紺野の要望に対しては専ら弁解を重ねていたこと、紺野と美川の話が始まると間もなく同工室で紙筒巻作業をしていた女子組合員約三十名のうち大部分の者は次第に作業を止め、右両名の周囲に集つてその話を聞いていたが、日頃から紙筒外注問題に関する美川の態度に不満をもつていたところから同人に対する要望や非難の言葉を口にし始めたので、同工室にいた橋本職長は右女子達に作業に就くよう呼びかけ、紺野もその作業を続けるよう指示したこと、紺野は作業再開後もしばらく美川と話を続けた後、午前十一時二十分頃退室したこと。
が一応認められるが、右紺野の入室が支闘委員会の計画謀議に基くもので職場の混乱と事実上の紙筒減産を惹起する目的でなされたものであることについてはこれを認めることができない(疏乙第十三号証の二は成立に争はないが前示申請人阿座上本人尋問の結果に照らしその記載から右の事実についての心証は生じない)。しかして右認定に反する前示証人、本人の供述部分並びに疏甲乙各号証の記載部分はいづれも措信できない。他に右認定を左右するに足る資料はない。
そこで先づ作業所における作業工室立入に関する取扱について考えるに、前示疏乙第二十七号証によれば就業規則第百三十四条第七号に従業員は「直接関連のない作業場に濫に立入つてはならない」旨規定されていることが明かであるが、前示疏甲第二十七、九十七号証、いづれも成立を認め得る疏甲第七十九号証の一、二、前示申請人阿座上、有福(第一回)、津曲(第一回)各本人尋問の結果によれば、従来支部役員は組合活動のために各作業工室にしばしば出入しているが、係長等の職制者が居合せたときはこれに簡単な挨拶をする程度であつて、このような入室について各工室責任者も作業所も明確な態度を示しておらず今までこれが特に問題とされたことはなかつたことが認められ、右認定に反する疏明資料は採用しない。尚被申請人は部外者が作業場に入室する時は担当課長の許可を要するものであると主張するけれども、これに副う前示証人美川の証言は申請人等提出援用の前記疏明資料に照らして措信できないし、他に紙筒工室に関し右主張事実を疏明し得る資料はない。従つて従来から支部役員が各工室に立入ることは作業所もこれを黙認していたものというべきである。
次に右紺野が美川に対し前記のような要望をするに至つた経緯について考えてみるが、これにはさきに少し触れたように紙筒の外注問題が関連しているのでこの問題の経過も併せて考察する。前示疏乙第十三号証の二、第三十一号証の三、疏甲第九十七号証、いづれも成立を認め得る疏乙第四十二号証の一、四、第七十一、七十五号証、疏甲第八十、八十一、八十三号証、前示証人大庭、美川の各証言、同申請人紺野、申請人野村宏(第一回)各本人尋問の結果を綜合すると、昭和二十八年三月作業所は爆薬の需要増加に伴いその生産増強の必要に迫られ、製薬部門なかでも膠質係及び材料係紙筒工室が人員不足の状態となつたが、将来は紙筒製造及び爆薬の圧伸包装を機械化する計画を樹てゝいたので、人員を増加すると将来機械化実現の場合にその部門の解雇について問題が生ずるのをおそれ、この際紙筒を下請方式によつて外部に注文製造させこれによつて生じた紙筒工室の余剰員をもつて製薬現場(主として膠質係)の人員不足を補充すべく計画し、その計画・実施について支部に申入を行い、同年三月十八日から二十日までこれと団体交渉をしたが、支部は将来の機械化の計画についてはそれが具体的になつた時に交渉をするが、それはとも角、現状で紙筒を外注することは組合員の職場を狭め、且つ過去の経験に照らし必要以上の馘首をもたらすおそれがある、しかも外注を下請方式とすることにも疑問があるとして作業所の外注計画に反対し、人員不足は本工員採用によつて補充すべきことを主張した結果、作業所も紙筒の外注計画を一時撤回し、当座の人員不足は臨時工の採用によつて補充するということで交渉が妥結したこと、その後も作業所は紙筒を外注にしたい意向を示していたが、右のような取極があつたので時々の人員不足は必要な期間臨時工で補充して来たこと、昭和二十九年一月に至り作業所は改めて生産増大計画を樹て人員不足については独逸製自働紙筒製作機、自働包装填薬機の購入によつて紙筒製作、包装及び填薬の機械化を決定し、右機械化実現までの人員不足を紙筒外注とこれによる余剰人員の職場配置転換によつて補充しようとし、二月十日支部に対して再び紙筒の外注について申入れをなし、外注の方式については請負形式によることを取止め個人契約とする旨を説明し、その後しばしばこの問題について団体交渉が行われたこと、右団体交渉においては支部は従前と同様の態度をとり、紙筒を外注にした曉は倉庫製函の部門においても外注制度をとることが予想され、かくては一層馘首のおそれが大きくなるし、しかも紙筒のコスト引下げという点からみても外注が最善の方法とは考えられない、生産方式の合理化そのものには反対しないけれども労働者の一方的犠牲によつてこれを強行する作業所の態度には異議がある、機械化実現までの紙筒不足には従前通り臨時工の採用によつて対処すべきであると主張して作業所と交渉を続けた結果、三月十六日の団体交渉において紙筒の外注並びに生産合理化の問題については後日作業所と支部とで経営委員会を持ち同委員会で協議決定する旨の協定がなされたこと、紙筒巻作業は紙筒工室女子従業員(組合員)三十数名の手によつて行われていたが、紙筒外注問題が紛糾するにつれ右従業員等の間には外注による職場の狭隘化と職場の配置転換に対する嫌悪感、さらには馘首されるかも知れないという不安が漲つたけれども、作業所は人員不足を理由に外注を計画するのであるから、とも角紙筒の生産高を上げて外注に理由を与えまいと作業時間外にも作業をして生産高の向上に努力していたこと、三月二十日過ぎ頃作業所は支部の反対を押切つて紙筒を外注する態度を決め、右協定で定められた経営委員会を開かないまゝ社宅従業員の家族から紙筒巻をする者を募集し、社宅の一部に紙筒巻機械を設置したが、その頃から前記美川係長は作業所の意向を受けて内密に右紙筒巻希望者の募集に関与し、その自宅にも右機械を備付け、更に調査課福久力夫に依頼して、もと紙筒工室に勤務し紙筒巻作業の経験を有する同人の妻を指導者として夜間右社宅で応募者約十名に作業練習をさせ、自らもその指導に参加したこと、右紙筒工室女子組合員は三月二十五日頃作業所が密かに社宅に右紙筒巻機械を設置したことを知つて憤慨すると共に従前からの支部の作業所に対する交渉態度にあきたらないものを感じて、翌二十六日右組合員等は自ら職場対策委員を選出し、支部との協定に違反して一方的に強行する紙筒の外注には職場としてこれを反対するの態勢をとり、右委員はじめ組合員等は三月二十九日紙筒外注の説明に来た大庭課長に対して職場従業員としてこれに反対する旨の意思を表明し、同月三十日開かれた支部青年婦人部大会でも自分達の紙筒外注反対に協力してもらいたいと訴え、更にはその頃から他の職場に進出して右同様の訴えをし、或は社宅の家族達にも貴方達が紙筒外注を引受けることは自分達の職場を奪うものであるからそのようなことは止めてもらいたいと訴えて歩き、活溌に紙筒外注反対の運動を展開したこと、作業所においても三月二十日頃から直接紙筒工室従業員に対して外注の必要を強調して従業員を慰撫し職場からの外注反対の気運の盛上りを押えようとしたが、その説明が充分でなかつたため却つて従業員等の不安を募らせ外注反対の態度を硬化せしめたこと、四月七日右女子従業員等は既に社宅の一部で前記内職者によつて紙筒巻作業が開始され、しかも自分達の係長であり組合員である美川がその指導や世話をし、その自宅でも紙筒巻作業をさせていることを知るにおよんで、右美川にその事実の有無を問責したけれども、美川はその事実を秘して答えなかつたこと、そこで右職場対策委員達はこの上は支闘委員に協力を求める外なしと考え、七日午後五時頃申請人斎藤(孝)の取次ぎで同紺野に会い、これに右事実を告げ且つ美川係長は職場でも佐村主任心得等と共に紙筒外注に賛成の態度を示して従業員に色々いやがらせを言うので仕事が手につかない、何とか善処してもらいたいと要請し、これに対し紺野は翌日美川に会つて話をしてみると約束して翌八日に前示のように紙筒工室に赴いたものであることが一応認められ、右認定に反する前示証人の供述部分並びに疏乙号各証の記載部分はいづれも措信できない。他に右認定を左右するに足る資料はない。
紙筒生産について外注制を採用することが本会社の経営権により決せらるべき事項であるとしても、右のように作業所自らこれについて支部に申入をして団体交渉を行い、その結果支部との間に紙筒の外注については後日経営委員会で協議することを約しておきながら、これを無視して密かに外注作業を始め、美川にその指導をなさしめた態度は労使間の信頼を裏切るものという外なく、美川が組合員でありながら内密に作業所と意を通じて支部の反対している紙筒の外注に積極的に協力し、職制の立場からその組合員等に圧迫を加えるが如きは明かに支部の統制に反しその団結を妨害するものであるから、支闘委員兼支部調査部長である紺野が前記のような要請を受けて放置しておくことのできなかつたのも無理からぬところであると考えられる。従つて四月八日の紺野の行為は、前示のように作業中の紙筒工室において組合員ではあるが係長である美川に対して難詰めいた要望をし、同工室従業員の作業中止に原因を与えたもので、それ自体は行き過ぎであるとの非難は免れないところであるけれども、右のような入室に至るまでの経過、前示のように紺野が故意に職場を混乱させる目的で入室したものではないこと、前記作業場立入についての作業所の黙認の態度、及び紺野との話合に応じて種々弁解を重ねるのみで女子従業員が作業を中止してもこれに作業を命じていない美川の態度等を考え合わせると、右紺野の入室をもつて故意に就業規則第百三十四条第七号の規定に違反するものとし、その右工室内における言動を捉えて「故意に作業能率を阻害する者」、「故意又は重大な過失により会社に損害を与えた者」或はこれと同程度の「不都合な行為」をした者とするのは苛酷であるのみならず公平の観念にも反するものといわねばならない。
叙上の通りであるから本事件における申請人紺野の行為をもつて被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当せしめることは妥当ではないし、まして本事件になんら関与していないその余の申請人等に右懲戒解雇事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(6) 四月十九日、二十日、二十一日紙筒工室作業中止事件。
本事件に関し、申請人等は支部は本部指令に基き四月十七日から紙筒工室において怠業を実施していたものであるから本事件は怠業の指導行為であつて正当なものであると主張し、被申請人は怠業についての本部指令の存在を争い、右怠業は山猫争議、紙筒外注反対闘争、積極的業務妨害戦術として違法な争議行為であり、申請人等の行為は無断侵入、山猫争議乃至違法な業務妨害であると主張するので、先づ当時の怠業が正当な争議行為であるか否かについて判断する。前示疏甲第六、九十七号証、いづれも成立を認め得る疏甲第七、二十八、二十九、三十四、九十八、九十九、百号証、前示証人岡本の証言、同申請人津曲(第一回)、有福(第一回)各本人尋問の結果によると、
組合本部は本件昭和二十九年の春期賃上闘争についてさきに三月三日桜指令第二号をもつて各支部に対して減産態勢をとるよう要請していたが、四月十四日に至り桜指令第六号追加をもつて四月十七日以降減産闘争実施の権限を各支闘委員長に一任する旨を指令し、右指令は厚狭支部に対しては同日午後本部の妹尾中闘書記長から電話をもつて支闘書記長である申請人有福に伝達され、更に四月十五日付文書「桜指令第六号追加の件」(前示疏甲第七号証)としても伝達されたこと、その当時組合の闘争方針として組合側の蒙る損失が少くてしかも会社側に与える打撃の大きい闘争方式を選びこれを重点的に遂行することゝされており、厚狭支部でもオルグ指導のもとに製薬課の膠質係と材料係紙筒工室とを闘争の拠点として争議を展開することに決定されていたこと、厚狭支部が右本部指令に基き減産闘争を実施するに当つては、紙筒の減産はやがてこれを使用する爆薬の生産にも影響を及ぼし爆薬生産の一部に打撃を与えること・紙筒工室は従来紙筒外注問題をめぐつて職場組織が比較的強固でしかもその場所が非危険区域にあること・紙筒巻作業は手巻による作業でその性質上からも怠業を行うことが比較的容易であること等の事情から支闘委員会はその頃紙筒工室の紙筒巻作業における怠業を行うことを決定し、四月十七日始業時刻前紙筒工室休憩所において申請人津曲が支闘委員長として同工室の女子組合員に紙筒の減産を指令し、右組合員等は同日から右指令に基いて紙筒の生産高を減少せしめたこと、右支部の減産闘争については本部からオルグとして繩田、笠井、佐々崎各中闘委員、妹尾中闘書記長等が交替で支部に派遣されてその計画・指導に当つており、現に怠業実施の二日目には佐々崎中闘委員が申請人有福と共に紙筒工室においてその指導激励に当つていること、右怠業は五月五日まで続行されたこと。
が一応認められる。被申請人は桜指令第六号追加は後日作成されたものであると言うが、右指令自体は四月十四日に支部に伝達されているのであるからその文書が後日支部に送達されたとしても右指令が四月十四日のものであることに変りはない。尚支部名義の「紙筒外注反対闘争の経過概要」と題する書面(前示疏乙第十三号証の二)に右十七日以降の怠業について特に記載されていないことは被申請人の言う通りであるが成立を認め得る疏甲第百四号証の一乃至八、前示申請人阿座上本人尋問の結果によると、右書面は外部の労働組合に対する宣伝を主たる目的としたものであつて組合内部の指令や指示に関し記録的な意味を持ち得るものでないことが認められるから、右書面に本部指令の記載のないことから直ちに右認定を左右することはできないし、又本件減産闘争の実施権限委嘱及び怠業の実施について、組合又は支部から、会社又は作業所に対して事前乃至実施の際に通告をしていないことは成立を認め得る疏乙第三十三号証によつて明かであるけれども、組合と会社との間の労働協約が昭和二十七年十二月十日に失効したことは当事者間に争がなく、成立を認め得る疏乙第六十九号証、前示証人高原、岡本の各証言を綜合すると、右協約失効後労使間において新たに労働協約が成立するまでのものとして最少限度の協定を締結すべく交渉が行われたが、これも未だ双方の意見が一致せず、「部分協定」と題する書面(前示疏乙第六十九号証)もその案として会社が一応作成したものであるけれどもその内容について組合との意見が一致しなかつたゝめ結局双方の署名も記名捺印もなされていないことが認められるから、右部分協定も未だ当事者を拘束する効力を生じていないという外ないのみならず、元来争議の通告は組合の会社に対する対外的な手続上のことに過ぎず争議の内部的本質的なものではないから、通告がないことから組合内部の指令の有無を判定することはできないのであつて、本件怠業についても単に通告がなかつたということから直ちに前記認定を左右することはできない。又申請人津曲が美川係長や佐村主任心得に怠業の指令を伝達していないことは申請人等もこれを認めており、右津曲が三戸係長に指令による怠業中である事実を明かにしていないことは後記の通りであるけれども、これは支部における怠業実施の方法乃至は駈引の問題に過ぎず、右のことから前記本部指令の不存在を推測し前記認定を左右することはできない。その他前記認定に反する疏明資料はいづれも採用しない。右の通りであるから本件怠業は本部の指令並びにオルグの指導に基きその統制の下になされたものと言い得べく、これが山猫争議であるとの被申請人の主張は採用できない。
被申請人は本件怠業は賃上闘争の手段ではなく、これと無関係の紙筒外注反対闘争の手段であるから違法であると言う。従前から紙筒外注問題に関して作業所と支部との間に交渉が行われ支部が一貫して右外注に反対して来たことはさきに認定した通りであるけれども、前記のように組合は賃上闘争について減産闘争実施の権限を支闘委員長に一任しているのであるから、各支部がどの部門でこれを行うかは支部自らの判断で決し得るところであり、厚狭支部では前記のように作業所が爆薬増産を標榜し支部との協定を無視してまで紙筒の外注を強行しようとしている際に、紙筒の生産を低下させることは少い犠牲で爆薬の生産量に打撃を与え賃上闘争として効果的であると判断し、オルグの指導を得て本件怠業を実施したものであるから、これが賃上闘争の一環として遂行されることは明かで、支部が従来紙筒外注に反対しているからと言つて右怠業が賃上闘争とは関係がなく組合の統制に反するものであるとは到底考えられないから、被申請人の右主張も採用できない。
そのほか被申請人は本件怠業は積極的業務妨害戦術であるから違法である旨主張するが、本件怠業はさきに述べたところから明かなようにその第一の目的は組合員の団結によつて紙筒の生産を低下させるというに止まり、その実施中意識的に廃品を生ぜしめたり機械を破壊したようなことは本件全疏明資料によつてもこれを認めることはできないし、又作業所全体から見て紙筒工室における怠業はそれが長引けば紙筒のストツクは少くなり紙筒を使用する種類の爆薬の生産量を低下せしめるであろうことは明かで、支部としてもこれを怠業の第二の目的としていたことは明瞭であるけれども、これも爆薬生産部門の一部に生産低下を来すというに過ぎず、右怠業によつて作業所の業務が麻痺し若しくは特殊の危険のおそれが生じたとの点についてはなんらの疏明も存しないから、本件怠業は全体としていわゆる消極的怠業に止まるものというべきであり、被申請人の右主張は到底採用し得ない。
叙上の通りであるから、本件怠業は本部指令に基き賃上闘争の一環として遂行されたものであつて全体として正当な争議行為であるということができる。
次に申請人等が支闘委員として怠業中の紙筒工室に入室し、在室することの当否について判断する。前示疏甲第二十八号証、成立を認め得る疏甲第十八号証、前示申請人津曲(第一回)本人尋問の結果によれば、本件怠業は支部として初めて行う怠業であり、しかも女子組合員によつて実施されるものであるので、支闘委員会はその実施に慎重を期するため具体的にその指導をし且つ怠業中の組合員を激励し勇気付けることによつて作業所や職制者からの圧迫を防ぐ目的で支闘委員並びにオルグが入室することを決め、支闘委員長津曲の指示によつて申請人等の大部分が四月十九、二十、二十一日の三日間にわたり交互に怠業中の紙筒工室に入室し、オルグもまた入室していることが認められる。元来怠業は形式的には労働者が不正規不完全な労務を提供しながら、実質的には使用者の労務指揮権の一部を排除してこれを組合の支配下におくもので、この点においてストライキが単に労務提供を拒否し労務指揮権から離脱するに止まるのに比し、より積極的な性質を有するものと言える。しかし怠業は、それ自体正当な範囲内で不正規ながらも労務提供を行うためのいわゆる消極的怠業に止まる限り、労働者は争議権の行使としてこれをなし得るのであるから、組合においてその怠業を適正に遂行せしめるために必要がある場合には、組合役員が怠業中の作業場に立入りその指導統制に当ることも、それが会社側の施設に対する占有の余地を残しその管理運営権を一方的に排除しない限度で平穏に行われる限り、怠業に附随するものとして敢えてこれを違法とはなし得ないと解すべきである。使用者においてかゝる怠業による労務の提供を欲しないのであればその対抗手段としてロツクアウトによつて労務提供を拒否し得るのであるし、労務の提供を受領する限りは右の指導によつてむしろ不必要な製品・機械の損壊や労使間の紛争の防止を期待できるのであるから、前記のように解することが組合側にのみ不当の利益をもたらすものとは考えられない。本件においては前記のように、支部として初めてのしかも女子組合員によつて実施される怠業であり、紙筒工室の責任者である美川係長は組合員でありながらしばしば支部の統制に反した行動に及んでいたものであるから、支部において支闘委員をして怠業中の紙筒工室内でその組合員の指導、統制の維持に当らしめる必要が存したものと認められ、しかも前記のように紙筒工室は非危険区域内にあり且つ平素から支部役員の工室立入りについては作業所側も黙認の態度をとつて来たものであるから、申請人等が支闘委員として紙筒工室に入室し本件怠業の指導や統制の維持に当つたことの故をもつて、その行為を違法なものとはなし得ない。たゞ入室及び指導に際してはその必要限度を超えたり、暴行脅迫や所有権の侵害等違法な行為があつてはならないこと勿論であるから、この点について四月十九日乃至二十一日における申請人等の行為がどのようなものであつたかを考察してみよう。
前示疏乙第三十一、四十二号証の各三、疏甲第二十七、二十九、七十八号証、いづれも成立を認め得る疏乙第十四号証、第十五号証の一、二、第十六号証の一乃至四、第八十一号証の一、三、疏甲第三十、七十三乃至七十七号証、前示証人美川、三戸、大庭の各証言、同申請人有福(第一回)、津曲(第一回)、阿座上、今田、紺野、田川、野村各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると、
(イ) 四月十九日。
申請人有福は午前十時十五分頃前記オルグの佐々崎中闘委員を伴つて紙筒工室に入り、同工室にいた前顕美川係長に右佐々崎を紹介したうえ佐々崎が中央から来ているので一寸話をさせてもらいたいと申入れたところ、美川は作業が停止することは困ると述べたこと、有福はこれを聞き流して同室にいた佐村主任心得(組合員)に対し、君が職制の立場で従業員にいろいろ注意することもよく解るがこのような時期だから個人に対してやかましく言うことは止めて欲しい旨を話し右佐村もこれを諒承したこと、そこで有福は紙筒巻用蒸気鉄管の南端附近に立つて女子組合員に対し佐々崎を紹介した上、佐村主任も今後はいやがらせをしないと言つているから頑張つて下さいと述べ、次いで佐々崎は簡単な挨拶を述べて頑張るよう激励し、その後再び有福が今頃は皆さんの代表が団体交渉に出て苦闘を続けている皆さんもそのことをよく考えて仕事をして下さいと話したこと、この間女子組合員は作業を止め、なかには席を立つて右の話を聞いていた者もあつたが、美川も佐村も傍にいて話を聞いており有福、佐々崎及び右組合員等の言動を放置していたこと、右有福、佐々崎の話が終ると女子組合員等は再び自席に帰つて作業を始め、有福は佐々崎を案内して工室内を巡視して十一時頃までその作業の様子を見ていたが、佐々崎の指摘によつて有福から美川に対し紙筒を入れる箱の中に氏名札を入れさせているのを止めること・昼休前に手洗時間を与えることを要望したところ、氏名札のことは諒承したが手洗時間のことは係長の権限ではきめられないとの返事であつたので、これ位のことは係長でやれると思うが若し必要があるのなら課長に上申するよう話して十一時二十分過ぎ佐々崎と共に退室したこと、美川は怠業実施の指令を直接には聞いていないが、女子組合員等の作業態度から既に当日怠業中であり、有福や佐々崎はその指導、統制の維持のために入室したものであることを察していたこと。
(ロ) 四月二十日。
申請人今田は午前十時過ぎ頃紙筒工室に入室し、同工室の組合員に対し今後の青婦部の行動によく参加するよう指示して数分で退室したこと、申請人有福は同十時二十五分頃同工室に入り、在室中の前記美川に対し組合員に一寸話をしたいと申入れたところ、美川は今は一寸困ると答えたが有福から貴方も居づらいだろうからしばらく逃げていてもらいたい(外に居てくれの意)と言われ、組合員としては支部の役員である有福の行動に正面から反対する気はないけれども、職制上の係長として同工室に在室しながら従業員の作業中止を放置しておくことは気が咎めるので、結局この工室にいないのが良いと考えて同工室を出て倉庫課長心得松島俊三の所へ行き其処で雑談をしていたこと、美川が工室を出た後、有福は女子組合員に対し、昨十九日右組合員も出席した団体交渉の席上における高原所長の発言について、所長は感情が高ぶつて強い言葉を吐いたが紙筒工室を廃止するといつたのではないから紙筒外注のために紙筒工室が閉鎖になると思うのは誤解である、所長の言葉を気にすることなく頑張るようにと説明し激励したこと、この間十時三十分過ぎ頃申請人津曲、阿座上、今田は右工室の入口にいた佐村主任に挨拶して入室し、右有福の話を聞いていたが、十時五十分頃有福の話が終つて阿座上、今田が退室し、津曲が有福に替つて右団体交渉における作業所側の態度に不安がることなく又減産闘争中であるからと言つてあわてることなく、もつと生産を上げてもよいから冷静に行動するよう説諭したこと、美川はしばらくして右工室へ引返して来たところ未だ前記有福の話が続いていたのでこれを前顕大庭課長に報告し、同課長は美川と共に同工室に入つたところ丁度右津曲が話をしているところであつたのでこれが終つてから津曲に対して何故作業を止めさせて話をするのかと尋ねたが、津曲からもつと冷静に仕事をするよう話をしていたのであるとの説明を受けて一応これを諒承し、津曲、有福はその後もしばらく在室していたが十一時三十分頃退室したこと、右有福や津曲が話をしている間女子組合員の大部分は作業を止めてこれを聞いていたこと。
(ハ) 四月二十一日。
申請人津曲は午前八時四十分頃前記美川係長と共に紙筒工室に入室した上、女子組合員等に対し今日も昨日と同じ位の紙筒を巻くようにと指示し、右組合員等の作業振りを見ていたが、途中九時過ぎ頃大庭課長が入室して来たので同課長と暫時雑談し、その際同課長は申請人等の入室方法について津曲と話合つたが、今までは紙筒工室への入室については別に問題とされたことはなかつたので津曲は入室を禁止するのならば正式に作業所から組合に申入れをしてもらいたい旨の意見を述べ、その後も大庭課長と共に在室して十時頃に退室したこと、申請人田川は十一時過ぎ頃入室して組合員の作業振りを見ていたが間もなく前顕三戸勤労係長が入つて来たので同係長と雑談していたところ、同係長が入室したことを知つた申請人津曲、有福、阿座上等も同工室に入つて来たこと、三戸係長はその入室のときから当時女子組合員が怠業中であり右申請人等はその指導のために来たものであることを知つていたけれども、これを知らぬ風を装つて、右津曲に対して皆さぼつているようだがこれは組合の指令でやらせているのかと尋ね、津曲もとぼけていやそんなことはないと返事してしばらく雑談していたが十一時三十分頃三戸係長が退室したのでやがて右申請人等も退室したこと、午後三時三十分過ぎ頃右有福は再び紙筒工室へ入り美川に対して組合員に話をしたい旨述べたところ、美川は当日午前十一時頃所長から組合員であつても職制上の立場を自覚して行動するよう要請されていたので作業を止めさせて話をするのなら勤労課を通じてからにしてくれと答えたゝめ、有福はとかく支部の統制に服しない美川に気を悪くし、それではとに角貴方は逃げていてくれと言い、美川は邪魔者扱いされることを不満に思つたけれども結局前記二十日の場合と同様一時のがれの考えから同室の外へ出たこと、そこで有福は女子組合員に減産についての話をし、又主任心得の前記佐村と紙筒の生産本数について話をしたりし、三時四十分過ぎ頃三戸係長が美川をつれて入室して来たときには組合員等は作業をしていなかつたこと、三時五十分頃大庭課長が入つて来たが作業を命ずることなく、有福には従業員に話すことがあると言つて右女子組合員等に室内の清掃をさせた上、四時頃同工室全従業員を室外の休憩所に集めてこれに話をしたこと。
は一応認められるが、右三日間を通じて大庭課長、三戸係長及び美川係長がそれぞれ前記申請人等及び佐々崎中闘委員に対してその入室を拒否し又は退室を要求したこと、四月十九日申請人有福が女子組合員を集めるため美川係長の意思を抑圧したこと、申請人紺野が四月二十一日に紙筒工室に入室したことについてはこれを認めることができない。しかして右認定に反する前示証人、本人の各供述部分並びに疏甲乙各号証の記載部分はいづれも措信できない。他に右認定を左右するに足る資料はない。
そこで考えるに、前記のように申請人有福は四月十九日に佐々崎を伴つて入室しているけれども、佐々崎はオルグとして派遣された中闘委員であつてその入室も別に不法な手段によつたものではないから右入室も特に咎める程のことゝは考えられないし、右両名が組合員に話をしたのは怠業についての平穏な指導激励の程度に止まり、当日有福が佐村や美川に話をしたのも組合員に対する軽い注意、責任者に対する作業上の要請を、入室したついでに述べたという程度に過ぎない。又有福が美川に対して同月二十日に「貴方も居づらいだろうからしばらく逃げていてもらいたい」と言い、二十一日に「とに角貴方は逃げていてくれ」と言つたことはいづれも指導統制のための行為としては多少行き過ぎのきらいがないでもないが、右認定の事実によればその意味するところはいづれも支部の統制に反するような行為をするなという程度のものと考えられ、美川が工室から出たのも自己の意思に基くものといゝ得べく、有福が美川の係長としての地位を否定しこれに威迫を加えて不法に退去させたものとは認め得ないから、前記のような従来からの美川の反組合的な態度に照らせば右の有福の言動を敢えて咎めるわけにもゆかない。右有福のその余の行為、申請人津曲(二十日、二十一日)、阿座上(二十日、二十一日)、今田(二十日)、田川(二十一日)の各行為も未だ指導・連絡・在室による勇気付の範囲を逸脱したものとは認め難く、組合員又は作業所職制者に対して暴行脅迫に及んだことはない。尚前記三日間とも右申請人等が女子組合員等に話をし右組合員等がこれを聞いていた間、紙筒巻作ニが一時中断したことがあるが、もともと紙筒巻作業において怠業が実施されている期間であり、右作業は手巻作業であるから中断し得ない性質のものとも考えられないし、作業の中断によつて危険のおそれが生じたこと、廃品若しくは機械の損壊を生じたことについてはすでに述べたようになんらの疏明もなされていないから、かような作業の一時的中断も怠業の過程における一現象と考え得べくこれを特に違法とするわけにはゆかない。従つて前記三日間における右申請人等の各行為はいづれも一応怠業指導、統制維持の範囲内のものとして認容すべきものと言うことができる。
前叙の通りであるから、本事件における前記申請人等の行為を支闘委員乃至個人の立場から被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当せしめることはできないし、ましてその余の申請人等に右事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(7) 四月三十日外注紙筒倉入阻止事件。
前示疏乙第三十一号証の三、疏甲第八十三、九十七号証、成立に争のない疏乙第二十三号証、いづれも成立を認め得る疏乙第十七号証の一乃至四、第四十五号証、第五十六号証の一、二、第八十二号証、疏甲第三十一、三十二、八十二、八十四号証、第九十三号証の一乃至四、第百六号証、前示証人桐生、大庭、美川及び証人松島俊三の各証言、前示申請人津曲(第一回)、野村(第一回)、阿座上、田川、今田及び申請人斉藤孝子各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、
紙筒外注問題をめぐつて作業所は前記のような経過で密かに外注を始め更にその規模を拡大していたが、支部が四月十七日から紙筒の減産を実施したので作業所も四月二十一日から前示内職者等に本格的に紙筒の生産を行わせ支部の怠業に対抗し始めた。そこで支部ではこのまま外注紙筒の生産が続けられその製品が搬入、使用されては目下実施中の紙筒減産闘争はその実効を減殺されることとなり、しかも元来紙筒の外注は支部との協定違反であるから作業所がその製品を一方的に搬入、使用することになれば紙筒外注問題もますます紛糾するに至ると考え、作業所に対して右外注によつて作業所外で生産された紙筒はしばらく所内に搬入しないよう申入を行い、四月二十七日から団体交渉を開始したが、作業所は右交渉を継続しながら他方では四月二十八日密かに右外注によつて生産された紙筒を所内四号倉庫に搬入したこと、同日事後にこれを知つた支闘委員会は作業所の態度に憤激し、その対策として爾後組合員は外注紙筒の運搬及び使用を拒否すること、職制の圧迫のため個人として運搬を拒否できない場合は支部の指令でその業務を放棄させて目前の外注紙筒の運搬倉入を防止することとし、三十日昼休時間に開催された支部臨時組合大会でも右の方策が確認されたので、同日午後二時頃支闘委員会は作業所側が外注紙筒の倉入を強行する際には、四月二十日付桜指令第九号によつて本部から支部長(支闘委員長)に委嘱されている部分スト指令権を行使し、外注紙筒の運搬に従事する組合員の指名スト、紙筒工室の部分ストを実施して作業所に対抗することに決めたこと、同日午後二時三十分頃前顕松島倉庫課長心得は同大庭課長から外注紙筒を搬入するよう依頼を受け、自ら指揮して小型貨物自動車(トヨペツト)を運転手植野康人(組合員)に運転させ、佐藤功士(非組合員)とこれに同乗して作業所の近くの桜ケ原社宅に向い、同社宅本田方前道路上において、同社宅の内職者が製造して木箱又はダンボール紙箱に納めてある紙筒を同人等でトヨペツトに積込んでいたこと、支部ではトヨペツトが右社宅に向つたことを知り、申請人津曲は様子を見に同今田を走らせ、同阿座上に対し右トヨペツトは外注紙筒を運搬倉入するために社宅へ行つたものであろうから作業所側の者や組合員に紙筒の搬入をしないよう説得し、これが効を奏しなければ運転手その他運搬に従事する組合員を指名ストに入れるよう命じて社宅に赴かせ、同田川をしてこの旨を作業所に通告せしめたこと、右今田ついで阿座上が前記社宅に到着したときは既にトヨペツトに紙筒が積込まれてあつたので、同人等は右松島課長心得に対してこの紙筒をおろしてもらいたい組合は組合員によつてこれを運搬するのを認めることはできないと申入れ、右植野運転手にも同様の説示をしたが同人は上司である右松島がいるためその説示に従うことを躊躇し、松島は阿座上の申入を聞き流して植野を促し発車せしめようとしたので、阿座上は午後二時五十分過ぎ頃松島に対し植野を指名ストに入れる旨を告げ、植野をしてその時から午後三時三十分までその業務を放棄せしめたこと、そこへ申請人田川が来て阿座上から事情を聞き同人と共に紙筒の搬入をしないよう申入れたが、松島はこれをも聞き流し折柄来合せた鍵本守衛(非組合員)にトヨペツトを運搬させ自らも同乗して所内四号倉庫に向つたこと、トヨペツトは数分を出でずして所内四号倉庫前に到り車の方向を切換えバツクして後向きに倉庫扉前約一米半のところに停車し、松島が降車して自ら倉庫の扉を開けようとしたところ、朝から外注紙筒の搬入に備えて見張りに立つていた申請人斉藤(孝)及び二名の女子組合員は扉の前に立つて松島にその紙筒を倉入しないで欲しいと申入れ口交渉を続けているうち、右今田も自転車でここに到着してこの交渉に参加したこと、一方右阿座上は急拠支部書記局に帰り右津曲に前記の経過を報告したところ、津曲から直ちに紙筒工室組合員を部分ストに入れその女子組合員を四号倉庫へ行かせて紙筒倉入の阻止に当らせよう命ぜられたのですぐ紙筒工室に走つたが、途中前示大庭課長に出会い走りながら紙筒工室を部分ストに入れる旨を告げ、三時五分頃右工室に到り既に外注紙筒の搬入を知りピケツトに参加することを予期して立上りかけていた女子組合員に右指令を伝え、部分ストに入つた女子組合員三十数名と共に右倉庫前に到つたこと、四号倉庫前では既に前記のように斉藤(孝)、今田が松島と交渉していたので阿座上も之に加わつて倉庫前広場で交渉をつづけたが、やがて駈付けた右大庭課長や鍵谷経理課長等に対しても右紙筒の倉入をしないよう申入れ、紙筒外注については従来から大庭課長が権限をもつて支部に対していたので、右広場では、作業所と支部との交渉の形で右外注紙筒の取扱に関する話合がなされたこと、この間右女子組合員三十数名は右斉藤(孝)を中心に右倉庫扉前附近に集り人垣を作つて前記松島に倉入しないよう呼びかけ或は右交渉を声援し、中には松島の態度を非難しこれに悪口を放つ者もあつたこと、右大庭課長、松島課長心得等は広場における交渉の結果、この上強いて倉入することは組合側を不必要に激昂させ紛糾を大きくするのみであると判断し、三時二十分頃右申請人等の申入を容れて紙筒の倉入を取止め、トヨペツトは紙筒を積んだまま車庫にこれを格納させたこと、右女子組合員等が部分ストに入つてから倉庫前に到りやがてトヨペツトが立去るまでは約十五分間で、トヨペツトの退去と共に右部分ストは解除されて組合員等は直ちに職場に復帰し、大庭課長はこの部分ストについて職場離脱証明書を支部に交付したこと、元来右証明書は従来からの慣行によつてストライキ実施の際その職場の離脱が安全且つ完全になされた旨をその職場の担当課長と代表組合員(職場闘争委員長)が立会確認の上作成し、支闘委員長宛に交付されるものであり、当日は職場離脱の際にその後片付が多少乱雑なところがあつたけれども大庭課長はこれを黙許し、右スト終了の後に至つて作成交付したものであること。
が一応認められるが、申請人今田、阿座上、田川が前記社宅前で松島課長心得に対して威圧的な態度を示したこと、右倉庫の扉の一部が破損したこと、前記申請人等若しくは女子組合員等が厳重なスクラム態勢を示し又は右課長心得その他の課長に対し積極的な物理力を行使したことについてはこれを認めることができない。しかして右認定に反する前示証人、本人の各供述部分並びに疏甲乙各号証の記載部分はいづれも措信できない。その他右認定を左右するに足る資料はない。
先づ被申請人は本事件は支部のみの問題である紙筒外注反対のための争議行為であつて、支闘委員会が賃上闘争のための部分スト権を不当に行使し又はその独断により外注紙筒倉入阻止の目的で強行した山猫争議であると主張するが、既に述べたように本件当時組合の賃上闘争の一環として紙筒工室の怠業が実施されており、この怠業の効果を減殺するような組合員その他の者の行為に対して許された範囲内で対抗手段をとり得ることは後に述べる通りであつて、支部が前記のように外注紙筒の搬入を看過しては怠業の実効は失われると判断し、これを防止するの態度にでることもやはり賃上闘争の一環をなすものと言えるから、従来から支部が紙筒の外注に反対していたからといつて本事件が賃上闘争と関係のないものとするわけにはゆかない。従つてこの点から本事件をスト権濫用乃至組合の統制に反する山猫争議と言うことはできないから被申請人の右主張は採用できない。
次に本事件が正当な争議行為の範囲内のものであるかどうかについて考える。思うに労働組合が企業の一部門において怠業を行う場合その目的は単にその部門の生産を低下させることにあるのみではなく、第二次的にもせよ怠業部門の製品を使用する他の部門にも打撃を与えようとすることにある場合が多く、その怠業が正当な範囲内で遂行されるものである限り、使用者が怠業による製品不足を補いこれによつて他部門の生産を上げるために組合員その他の従業員を使用して他から同種の製品を搬入しようとするのを阻止し、もつて怠業の実効を挙げようとすることは組合として当然の要求であり、組合員が使用者側からその搬入業務を強いられる場合にはその者の就労を放棄させ、非組合員が搬入しようとすることに対してはピケッティングによつてこれを阻止することも争議の実効を確保するための手段としてなし得るものと解すべきである。もとよりそのピケツトにおいても、脅迫、暴行その他有形力を用い、或はバリケードその他の構築物を構えて搬入通路を閉鎖遮断する等して搬入作業に従事する者の行動をその意思に反してまで拘束することは許されないところであるけれども、組合員が結束して搬入しようとする者を見張り、言論によつて説得し或は団結による示威などの手段によつて搬入者の意思に働きかけてその搬入を思い止まらせることは違法なことではない。そしてピケッティングは団体行動権乃至争議権の一機能として憲法上、労働法上の保障が与えられており、しかも英米等の国におけるように労働争議の永い経験から言論による説得が充分な効果を持ちそれ以上の態度を示さなくても充分ピケットの効果を挙げ得るような労働慣行が未た確立されているとは考えられない現在のわが国においては、ピケッティングをなすに際して何百という人数で重厚なスクラムを組みそれ自体人を寄せつけぬような態勢をとるのではなく、ある程度の人数によつて人垣を作りこれを背景として口交渉でこの場を立去るわけにはゆかぬと一応その意思を表明し、使用者側の出方によつては消極的受動的にその場の人垣を崩さないとしても止むを得ぬ場合もあり、右の程度のピケッティングをもつて直ちに平和的説得乃至団結力の示威の範囲を逸脱したもので違法であると解することは妥当でない。尤も使用者及び部課長等使用者側利益代表者は本来争議の相手方であるからその職務の遂行をピケツトで阻止することは、原則として平穏な言論による説得を外にしては許されないと解すべきであるけれども、若しその部課長が自己の本来の職務の範囲を超えて一般従業員の職務である搬入作業を行うというようないわゆる代替労務に就くときは、右部課長はもはや部課長たるの職務を遂行するものではなく、新たな一従業員としての労務を提供するものと言い得るから、この様な場合に団結力の示威によつてこれを阻止しても相手が部課長であるというだけで直ちに違法とはなし得ないものと解するを相当とする。これを本事件についてみるに支部は前記のように正当な争議行為たる怠業の効果を確保するために松島課長心得に対しその外注紙筒搬入阻止の態度に出でたものであつて、会社の課長心得が実質的には課長と同じ職務を行うものであることは弁論の全趣旨によつて認められるから松島も会社の利益代表者というべきであるけれども、前示疏甲第四号証、成立に争のない疏甲第百七号証の二、いづれも成立を認め得る疏甲第百七号証の一、三、四、前示申請人田川本人尋問の結果によれば、組合では課長心得は課長と異りこれを当然には非組合員として取扱つておらず会社の申入れがあつたものについて協議の上、非組合員とするものを個別的に決めていたこと、本件賃上争議中に他の工場では課長心得のうちに組合員として争議に参加していた者もあること、松島は従前から組合員であり本件争議開始より少し前昭和二十九年二月に課長心得に昇進したばかりであつて、就任後松島は組合から脱退したい意思を表明し、会社もこれを非組合員とすることについて申入れをし組合と協議していたが本件争議期間中は未だその結論が出ておらず、同年十二月に至つて初めて非組合員とされたこと、右松島は争議中は専ら会社側に立つて行動しており、支部はこれについて事実上その統制力を及ぼし得なかつたが未だ同人を正式の非組合員として取扱つていたものではないことが認められるから右松島課長心得は形式的にもせよ未だ組合員としての地位をも有していたと言うことができ、更には又、さきに認定したように当日松島課長心得は自らトヨペツトに同乗し、前記植野、佐藤等従業員と共に外注紙筒の積込作業を行い、自らこれを倉入するために倉庫に到つたものであるから一作業員としての労務を提供していたものということができるのである。ところで先づ、前記社宅前において申請人阿座上、今田が松島課長心得に対しこの紙筒をおろしてもらいたい組合は組合員によつてこれを運搬するのを認めることはできないと言つたのは、前後の事情からみて外注紙筒は運ばないでもとの場所へ返してもらいたいという意味のものに過ぎないと推測でき、なんとしても地面に紙筒をおろさせようとして言つたものとは考えられないし、その言動自体が威圧的であつたことも疏明されていない。その後申請人田川が阿座上と共に紙筒を運搬しないよう申入れたのも言論による平穏な説得の範囲を出るものではなく、松島は植野運転手が指名ストにより業務を放棄した後も阿座上や田川の説得を聞き流し、非組合員に運転させて右両名や今田からなんらの抵抗を受けることなく発車しているのであるから、右社宅前における阿座上、今田、田川等の行為はピケッティングではあるけれども平和的説得の範囲を出るものではない。又植野運転手に対する指名ストが正当なものであることは後掲(10)の(二)で述べる通りでこれを違法な業務妨害ということはできない。次に倉庫前においては、前記のように申請人斉藤(孝)及び女子組合員二名が扉の前に立ち倉入しないでくれと右松島に説得し、、これに今田も加わつて口交渉しているところへ紙筒工室の女子組合員が駈付け人垣を作つて倉入しないよう呼びかけたのであるけれども、前叙のような外注紙筒の搬入についての作業所側の強硬な態度や自ら先頭に立つて搬入作業に当つた松島の態度に対比して、右申請人や組合員等は前記のようになんら積極的な物理力の行使に及んだわけではなく全く受動的立場に終始していたのであるから同人等は作業所側が倉入を断念してくれることを如何に強く望んでいるかを団結の力によつて示した程度のものと考えられ、女子組合員の一部が広場で交渉中の松島に対し多少粗暴な言辞を弄したのもさきに述べたように作業所側が支部との協定を破つて紙筒の外注を実施しその後の支部との交渉がまとまらない間に密かに倉入しようとしたことに対し、その利害が直接的である右組合員等が憤激していたことの表われであり、更には前記のように形式的にもせよ組合員である松島が全く作業所側に立ち真向から組合員の意思を排除しようとする態度に激した結果であることも推測するに難くなく、ピケッティングの場で目前に外注紙筒が倉入されようとするのを見た組合員の一部が思い余つて悪口を放つたとしても止むを得ないとする外はない。しかも松島課長心得は大庭課長等と共に平穏に右申請人等と倉入についての交渉を続けていたのであるから、右女子組合員等の言動によつて特に言う程の心理的圧迫を受けたものとは考えられない。そして右申請人等が松島課長心得や大庭課長等と交渉した態度が脅迫的であつたとも見受けられない。してみれば右倉庫前のピケッティングも未だ平和的説得乃至団結力の示威の手段の範囲内のものとしてこれを認容すべきものと考えられる。尚女子組合員が勝手に職場を放棄したものでないこと前認定の通りであり、支部が紙筒工室組合員を部分ストに入れたのは直接には前示支闘委員会の決定に基きピケツトに参加させるためであつたけれども、前記のような外注紙筒倉入に至るまでの経過、ピケツトの目的等を考えると、右部分ストも怠業と関係がないわけではなくやはり賃上闘争の一手段と認め得るから、この部分ストを実施し組合員をピケッティングに参加させた支闘委員会の態度を敢えて咎めるわけにはゆかない。
叙上の通り本事件における指名スト、社宅前のピケッティングは勿論、倉庫前のピケッティングも正当な争議行為の範囲を逸脱したものとはなし得ないし、前記申請人等の各個の行為も右争議行為又は紙筒の取扱に関する平穏な交渉の範囲を出たものではなく特に違法不当な点は存しないから、右申請人等の行為をもつて支闘委員乃至は個人の立場から被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当せしめることはできない。ましてその余の 申請人等に本事件に関して右事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(8) 五月五日外注紙筒倉入阻止事件。
前示疏乙第十七号証の四、第三十一号証の三、疏甲第九十七、百六号証、いづれも成立を認め得る疏乙第十八、四十六、五十七、八十三号証の各一、二、第八十四、八十五号証の各一、二、三、第八十六、九十五号証、疏甲第三十三、八十五号証、第九十四号証の一乃至七、前示証人桐生、大庭、美川、松島及び証人繩田正雄の各証言、前示申請人野村(第一回)、紺野、阿座上、斉藤(孝)、斉藤(直)、今田、田川各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を綜合すると、
紙筒工室においては五月五日も怠業実施中であり、支部は前記(7)事件で認定したところの外注紙筒の倉入は怠業の実効を減殺するものであるからこれに対しては紙筒工室を部分ストに入れその組合員でこれに対抗するという態度を変えておらず、当日申請人斉藤(孝)外二名の女子組合員が朝から四号倉庫附近で見張りに立つていたこと、前示松島課長心得は午後二時三十分頃右三十日に倉入できなかつた外注紙筒を搬入するため、右紙筒を積んだまま前記車庫に入れてあつたトヨペツトを前掲植野運転手に運転せしめ、自らこれに同乗して四号倉庫前に到り、三十日と同様、車をバツクさせその後部を倉庫入口に向けた上停車させて車から降り、紙筒を倉入しようとしたこと、折柄右斉藤(孝)及び女子組合員一名は扉の前に立つていたので右松島はそんなことをしないで倉入させてくれと言つたが斉藤(孝)は倉入しないでくれと申入れ、右の者等は倉入する、しないでくれと口交渉していたこと、一方当日は支闘委員長の申請人津曲は上京して不在のため副闘争委員長の申請人野村が同委員長の職務を代行していたが、右野村は前示大庭課長の了承を得て午後二時二十五分頃から紙筒工室組合員に争議遂行上の注意を与え、二時三十分頃退室したところ、その直後室外から外注紙筒が入つたとの声が聞えたので同工室女子組合員等は三十日と同様、指令があり次第ピケツトに参加しようとして一斉に立上りなかには室外へ飛出そうとした者もあつたが、未だ同工室附近に居合せた野村は直ちに同工室に到つて組合員等に対し紙筒工室を部分ストに入れる旨指令し、内七名の女子組合員には職場の整理をしてから職場から離れるよう命じ、その余の女子組合員等には四号倉庫前に赴くよう命じたこと、そこで三十数名の女子組合員は右倉庫前に駈付け、前示美川係長も右工室から出て来たが野村から右部分ストの旨を告げられたのでこれを大庭課長へ電話で通知したこと、右女子組合員等は前記斉藤(孝)を中心に倉庫前附近に集まり、松島課長心得に対して外注紙筒は倉入しないでくれと呼びかけ、中には松島の態度を非難しこれに悪口を放つ者もあつたが、直ぐ右野村が倉庫前に来て松島に右紙筒を倉入しないよう申入をし、続いて右大庭課長や前顕桐生勤労課長も同所に来たので倉庫前広場で右課長等にもこの旨を申入れ紙筒の倉入について話合を始めたが、ここで松島は倉入についての交渉は右両課長に委せ自分は後に来た山末原料課長等と所携の写真機で組合員等の状況を撮影していたこと、やがて申請人阿座上、今田、紺野、斉藤(直)等の支闘委員も駈付けて右交渉に加わり、三十日と同様右外注紙筒の取扱について支部と作業所間の現地交渉が行われたが、支部側は紙筒は右倉庫に入れないで川東工場へ運ぶか、さもなくば車庫へ返してくれと主張し、作業所側は今日はどうしても右倉庫に搬入すると主張して互に譲らなかつたこと、松島はこの交渉の途中所用のため倉庫事務所に引揚げたこと、右広場での支部と作業所との交渉が継続中女子組合員等は倉庫前において労働歌を合唱し、二、三の者はトヨペツトに積まれた無蓋箱に入つている紙筒をつまみ出して見てこんな物が使えるかと悪口を言つた(但しこれを握りつぶし又は外へ投げ捨てる等紙筒を損壊又は散逸させてはいない)こと、前記現地交渉は簡単にはまとまらなかつたので桐生課長は事務所で交渉を続行することを申入れ、支部測もこれに応じ、野村、阿座上等が支部代表として事務所に赴き大庭、桐生課長等作業所側と交渉を続け、この間トヨペツトはそのまま倉庫前に置かれ、女子組合員等も立去ることなく倉庫前で交渉の結果を待つていたこと、事務所での交渉の結果支部はトヨペツトに積んである外注紙筒の倉入を認める代りに作業所も右紙筒は倉入しても二日間はこれを使用しないということで双方の意見が一致し、午後五時三十分大庭課長、野村副闘争委員長、及び女子組合員代表一名が立会の上、トヨペツトに積載していた紙筒を倉庫内に搬入したこと。
は一応認められるが、申請人斉藤(孝)が倉庫扉の鍵を握つて放さなかつたこと、前記申請人等が松島課長心得その他の課長に対し威迫的な交渉態度を示したり、なんとしても紙筒を地面におろせと言つたこと、右申請人等若しくは女子組合員等が厳重なスクラム態勢をとり又は右松島に対し積極的な物理力を行使したことについてはこれを認めることができない。しかして右認定に反する前示証人、本人の各供述部分並びに疏甲乙各号証の記載部分はいづれも措信できない。その他右認定を左右するに足る資料はない。
そこで本事件が正当な争議行為の範囲内のものであるかどうかについて考えるに、右認定の事実によれば前記のピケッティングも(7)事件について述べたと同様怠業の実効確保のため賃上闘争の一環として行われたものであり、当日松島課長心得は一作業員としての労務を提供していたものであるということができる。そして申請人斉藤(孝)が倉庫扉前に立つて倉入反対の意思を表明し、女子組合員等三十数名が右斉藤の側から松島に倉人をしないよう呼びかけ或は多少粗暴な言辞を弄したことは前記の通りであるけれども、松島の行動には前示(7)事件で述べたようないきさつがある上、組合員等が厳重なスクラム態勢をとつたわけでもないのであるから、これをもつて脅迫又は多衆の威力を示して松島の意思を拘束したものとは認められず、又右組合員等は松島に対してなんら積極的な物理力の行使に及んだわけでもないのであるから、前示三十日の場合と同様自分達の強い希望を団結によつて示した程度を超えるものとはなし難く、前記申請人等が作業所側課長及び同心得等と広場で交渉している間に右組合員等が労働歌を合唱したのも殊更右課長等に近寄つて歌声で圧迫を加えようとしたわけではなく、交渉が行われている所からやや離れた扉前附近のしかも野外で女子の三十数名が歌つていたのであるから、これも組合員の団結を示して右申請人等の交渉を側面から声援した程度のものに過ぎないということができる。又二、三の女子組合員が紙筒をつまみ出して悪口を言つたのもさきに述べた紙筒倉入に至る経過に照らせば、自ら紙筒生産に当つている右組合員の強い反対を押切つて外注した紙筒を自分達の意思に反して持込まれたことに対する反感、憤懣の表われであることが容易に推測できる上、右紙筒やその外箱は全然損壊されてはいないのであるから前記のような高潮した雰囲気の中で二、三の者がかかる行為に出でたからといつてこれを特に脅迫乃至暴力の行使であるとするのは社会通念に合致しない。一方松島は当初は組合員が納得すればすぐにでも倉入しようとしていたが、斉藤(孝)や野村と口交渉しているところへ大庭、桐生両課長が来て右課長等が支部と交渉を始めてからはその処置をこれに委ねており、申請人等と右課長等との交渉は平穏に続けられているし、事務所での交渉の結果支部も倉入を認めて紙筒は倉庫に搬入されているのである。その他全体を通じて険悪な状態は存しないのであるから、右のピケッティングは多少喧噪にわたつたところがあつたにしても未だ平和的説得乃至団結力の示威の手段の範囲を超えたものとはなし難い。尚右のピケッティングに際し前記の経過で紙筒工室の部分ストを実施しその組合員をこれに参加させた支部の態度を敢えて非難し得ないことは三十日の場合と同様である。
叙上の通りであるから当日のピケッティング乃至交渉も未だ正当な範囲を逸脱した違法なものとはなし難いし、前記申請人等の各個の行為に特に違法不当な点があるとも言えない。従つて右申請人等の行為を捉えて支闘委員乃至は個人の立場から、これを被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当せしめることはできないし、ましてその余の申請人等に本事件に関して右事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(9) 四月九日以降紙筒工室出来高低下事件。
成立に争のない疏甲第九十一号証、成立を認め得る疏乙第十九号証の二、前示証人大庭の証言によれば、四月九日から五月五日までの間における紙筒の一人当り平均生産本数がほぼ別紙(三)「紙筒出来高実数表」記載の通りであることが認められる。被申請人は右の紙筒生産数は平均基準量を下廻るものでこれは支部が本部指令に基かずしてなした違法な怠業の結果であると主張する。しかし先づ四月十七日から五月五日までの間は、支部が本部指令に基き賃上闘争の一環として紙筒工室における紙筒巻作業の怠業を実施していたもので右怠業が正当な争議行為であることはさきに認定した通りであり、右疏明資料によれば紙筒工室では右怠業のほか、十七日には四時間ストライキ、二十二日には五時間三十分のストライキ(このうち一時間三十分のストライキについては被申請人は(10)事件の(イ)指名スト事件としてその違法を主張しているが、これは後掲の通り正当な争議行為であり、当日の生産が零となつているのは、右五時間三十分にわたるストライキのため各人の紙筒生産がこれを収納する箱の一箱の程度に達しなかつたためであり、全く作業しなかつたわけではないことが推測できる)、二十七日には三時間ストライキ、三十日には前示の部分ストが行われており、これらの怠業・ストライキが重なり合つて紙筒の生産が低下したものであるといゝ得るから、この間の生産低下について申請人等にその責任を問うことはできない。
次に四月九日から十六日までの生産量についてみるに、成立を認め得る疏乙第十九号証の一、前示証人大庭の証言によれば、紙筒巻作業は年間平均一日一人当り三千二百本を基準に生産が行われていることが一応認められ、前記疏明資料によれば十三日までは三千本台であつたが、十四日乃至十六日はいづれも二千数百本台に低下していることが認められる。しかし前示疏甲第九十一号証(作業所の「生産状況一覧表」であつて、前示証人大庭の証言によれば同書面中「被包紙薬包紙及び紙筒」欄の「紙筒一人当巻数」の記載は真実に合するものであることが認められる)を精査してみると、三月二十二日から四月八日までの作業日数十五日間のうち右基準量以上の生産を示しているのは八日間に過ぎず、三月二十三日は二千五百七十七本、二十五日は二千九百二十三本、二十六日は二千四百六十八本、二十九日は二千八百六十六本、三十一日は三千百九十三本、四月六日は三千百八十一本、八日は二千九百八十三本であつて、当時においては基準量が平均して生産されていたとは認められないし、又怠業が終了した五月六日以降においても三千本を越える日は殆んどなく、特に賃上争議妥結後の六月になつてからも三千本以上の日は極くわづかであつて、多くは二千数百本しか生産されていないことが認められる。従つて三月から六月までを通じてみると四月九日から十六日までの間の紙筒生産数は多少低下した感はあるけれども著るしい低下ではなく、その直後四月十七日乃至五月五日の怠業中の生産数が十九日を除いてすべて千本台或いは千本以下であるのに比較すると可成り高い生産数を示しており、十七日を境としてその前日までと同日以後では紙筒生産数に相当の差異があると言うことができる。
しかして支部は右四月九日から十六日までの間についてもその指令によつて紙筒工室の怠業を行わせたものであるとの被申請人の主張に副う疏乙第七十二号証の五乃至八、第八十七号証(いづれもその成立は認め得る)の各記載部分及び前示証人大庭、美川、証人井村隆の各供述部分は、前示疏甲第三十四、九十七号証、前示申請人津曲(第一回)、野村(第一回)各本人尋問の結果と比較対照するときは、いづれもこれを措信することはできない。尚、前示疏乙第十三号証の二は前記の通り外部労働組合に対する宣伝を主たる目的とした文書で記録的な意味を持ち得るものではないし、その内容を見てもこれから直ちに前記期間支部が積極的に怠業を指導したことを示す記載はない。いづれも成立に争のない疏乙第九十三、九十四号証(いづれも「紙筒」と題する機関紙)は紙筒職場委員が編集発行している同職場の機関紙であることその文面上から明かであり、右疏乙第九十四号証(「紙筒」第四号)には「闘争中の私達の行動はスローダウンにしても争議行為として執行部の指令を受けて堂々と闘つた」と記載されてあるけれども、その前後の文脈に照らしてもそれが争議開始前の右九日から十六日までのことについての記載であるとは考えられない。また右疏乙第九十三号証(「紙筒」第一号)には「四月八日より労働強化にならない程度の作業量を確保したスローダウンを行いました、巻数や紙出し(紙筒原紙にパラフインを付した枚数)数についてもお昼休み毎日の様に職場全体会議を開いて話合いました」との記載があるが、これも紙筒工室における職場自体のことの記載であつて、右にいわゆるスローダウンが支部の指令によるものであることを示す記載はない。他に被申請人の右主張を疏明するに足る資料はない。
ただ前示「紙筒」第一号(疏乙第九十三号証)には「労働強化にならない程度の作業量を確保したスローダウン」とか「職場全体会議」とかいう記載があるのでその間の事情について考えると、紙筒工室女子組合員等はさきに(5)事件において述べたように紙筒外注問題をめぐつて不安を抱きながらも、作業所の外注に理由を与えないようにと作業時間外にまで作業を行つたり、更には支部のこの問題についての交渉態度に満足せず、自ら職場対策委員を選出し右委員が中心となつて作業所や支部の内外に対し職場として紙筒外注に反対する旨を強く訴えて来たものであるところ、前示疏乙第十三号証の二、第九十三号証、疏甲第九十七号証、成立を認め得る疏甲第百三号証、前示申請人阿座上本人尋問の結果を綜合すると、四月七日右女子組合員等は既に社宅で外注紙筒巻作業が行われていることを知り、作業所が支部との協定を破つてまで外注を実施するのであれば自分達も今までの時間外の作業等労働強化をしてまで生産量を上げるという態度をやめようと話合い、紙筒職場では四月八日頃から「労働強化にならない程度の作業量」ということを申合せて作業をするに至つたため多少の生産低下を来たしたもので、これが右「紙筒」紙に「スローダウン」と言われているところのものであることが認められる。そしてかような事情から判断すると前示九日から十六日までの生産低下は支部が積極的に指令してこれを行わせたものとは考えられないけれども、支闘委員においても右の紙筒職場の積極的な動き従つてその作業態度を知つていたであろうことは当然推認し得るところで、支部は一応この職場の動きを知りながらこれを黙認していたと考える外はないから、支部においてその組合員の統制、掌握に欠くるところがなかつたとは言えない。しかしながら既に述べたように、作業所においても支部との協定を無視して紙筒の外注作業を行わせて労使間の信頼を裏切り、美川係長も組合員でありながら作業所の意を受けてその外注に積極的に協力して支部の統制を紊したものであるから、紙筒職場の女子組合員等がこの作業所や美川係長の態度にその不満、激昂を押え切れず右のような職場運動に発展したとしても、右組合員の立場としてはやむを得ないものとして敢えて咎め得ないところがあるし、支部としてもその不満・憤激をむげに押え得なかつたのも無理からぬところがあり、前記のように紙筒生産低下の量もそれ程著るしいものではないことを考え合せると、支闘委員である申請人等が紙筒職場の行動を黙認しこれを押える態度に出なかつたとしても、未だこれを捉えて甚だしく不都合なものであるとはなし難く、支部が故意又は重大な過失によつて生産を阻害し会社に損害を与えたと非難することも失当である。
叙上の通りであるから四月九日以降五月五日までの紙筒生産高低下に関し申請人等に被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(10) 指名スト事件。
本件にいわゆる指名ストとは、支部において支闘委員長が本部から委嘱された部分スト指令権に基き、特定の組合員を指名してその者に業務を放棄せしめることによつて行つたストライキを言うことは当事者の主張自体から明かである。一般にいわゆる部分ストとは企業の一部門におけるストライキを言い、争議に際してしばしば行われるところであるがこれもストライキ実施の方法の一として正当なものと解せられる。ところで多数の作業所を有する企業において単一の組合が組織されている場合には或る作業所全体の組合員をストライキに入れることも企業全体・組合全体から見れば一つの部分ストであるけれども、或る作業所の一の課、係又はその内のある職場の組合員のみをストライキに入れることもまた企業の一部門のストライキとして同じく部分ストと言い得るのであるから、そのストライキの範囲を更に縮限し或る職場における特定の組合員を指名してその者だけをストライキに入れる場合(いわゆる指名スト)もやはり一種の部分ストであると考えられる。従つて右のいわゆる指名ストは特異のストライキ形式ではあるけれども、それが組合の指令に基きその組織的行為としてなされる限りはやはり組合の争議行為として正当なものであるといわねばならない。しかして指名ストの実施方法如何によつては一般の部分ストでは見られない危険発生の可能性も考えられ、作業所は火薬工場であるからこの点については特に注意すべきであるけれども、既に冐頭に述べたところから明かなように火薬工場であるというだけで特に本件指名ストの正当性そのものを狭く解するわけにはゆかないから、一般争議の法理に照らし指名ストの行われた部門、時間、人員等を考慮して危険の発生又はそのおそれ(多くは技術的な見地からその存否が客観的に予見し得る筈であろう)の有無を具体的に判断しなければならない。本件において厚狭支部が被申請人主張の(イ)乃至(チ)の指名ストをその主張の日時にその主張の組合員を対象として実施したこと、申請人津曲が支闘委員長として本部から部分スト指令権を委嘱されており、右指名ストはいづれも右指令権に基いてなされたものであることは当事者間に争がなく、右のように指名ストは部分ストの一種であるから、支部が右部分スト指令権に基き右の各指名ストを実施したこと自体になんら違法はない。そこでその目的、手段方法に被申請人主張のような違法があるかどうかを検討する。
(イ) 四月二十二日紙筒工室指名ストについて。
先づ被申請人は本指名ストは賃上闘争のための部分スト指令権を外注紙筒反対闘争に濫用したものであると主張するが、前示のように本部では賃上闘争を重点的に展開する方針をとり、支部でもオルグの指導によつて材料係紙筒工室を争議の一拠点としてこれを進める方針をとつていたのであるから、争議の情況に応じて紙筒工室組合員を指名ストに入れることは当然であり、支部が従来紙筒の外注に反対していたからといつて本指名ストをもつて賃上闘争とは無関係なものとし外注反対のためにのみスト権を濫用したものとはなし得ない
次に被申請人は本指名ストは十五分間の余裕しか置いていないから信義則及び法益権衡の原則に反すると主張し、成立を認め得る疏乙第二十号証の二、前示証人桐生の証言によれば午前十一時から実施された右指名ストの通告が十時四十五分桐生勤労課長に対してなされていることが認められるけれども、組合の本部及び支部において個々の争闘行為実施の都度一定時間の余裕を置いて事前にその通告をなすべき旨の協定があることについては疏明がなく、本指名ストのために当日生産された爆薬が包装できずにこれを廃棄したことや会社が特に過大な損害を蒙つたことについてはこれを認めるに足る資料がない。しかも前示証人大庭の証言によれば紙筒の生産は填薬・包装と直接流れ作業によつてつながつているわけではなく夫々別個に作業が行われていて、通常紙筒は一定のストツクが保有されていることが一応認められるから、本指名ストをもつて信義則、法益権衡の原則に反する違法なものとはなし得ない。よつて被申請人の右主張はいづれも採用できない。
(ロ) 四月二十四日捏和工室指名ストについて。
被申請人は本指名ストは火薬類取締法規や火薬工場の危険性を無視して強行したものであるからスト権の濫用として違法であると主張するが、右指名ストの開始までに安全処置がとられていることは被申請人の自認するところであり、本指名ストによつて捏和工室又はその前後の作業工程においてその主張のような法規違反又は危険発生のおそれの具体的事実があつたこと、休憩時間を含む五十分間の余裕では、技術的見地からみて作業予定を変更することが不可能で、危険発生のおそれの増大が客観的に予見できることについてはこれを疏明し得るなんらの資料もない(この点に関する前示証人大庭の供述は単なる抽象的な意見の陳述に過ぎず右事実についての資料とはなし得ない)。しかして成立に争のない疏甲第九十二号証の一乃至五によれば本指名ストの実施に際しては組合員等はすべて安全且つ完全な処置を確認した上で職場を離脱したことを大庭製薬第一課長が証明し、更に作業主任がこれを確認していることが認められるから、本件指名ストは安全に遂行されたものという外ない。尚危険な作業を行う部門における指名ストというだけでスト権を濫用したものといい得ないこと勿論であるから、この点から本指名ストを違法視することはできない。よつて被申請人の右主張は採用できない。
(ハ) 四月二十七日膠質係主任心得指名ストについて。
被申請人は本指名ストは火薬取締法規や火薬工場の危険性を無視して強行したものでスト権の濫用として違法であると主張する。いづれも成立に争のない疏乙第二十二号証の一、疏甲第九十二号証の六、いづれも成立を認め得る疏乙第二十二号証の二、三、疏甲第八十六、八十七号証、前示証人大庭の証言、前示申請人津曲(第一回)本人尋問の結果を綜合すると、四月二十七日正午、申請人津曲は電話をもつて作業所長に対し、同有福は製薬課工務室において口頭をもつて大庭製薬第一課長に対し、それぞれ本指名ストの通告をし、午後一時三十分まで一時間三十分の余裕をおいてこれを実施したこと、膠質係には職制上主任一名、主任心得四名がいるが、本指名ストによりその主任心得である松本・鶴崎・金子・浜井の四名が職場を放棄したものであること、右津曲及び有福はそれぞれ右ストの通告をなすに際し、保安上のことについては組合側も充分考慮するから必要があれば申出てもらいたいと申入れ、この点については所長も担当課長である前記大庭も了承したが、その後保安について組合側になんの申入もしていないこと、当日大庭課長は本指名ストの実施に際し右四名が担当職場離脱後における安全且つ完全な処置を確認した上職場を撤退したものである旨の証明書(職場離脱証明書)を支部に与えていること、当日の膠質係の作業は残りの主任と大庭課長の直接指揮によつて続行されていることが一応認められるが、支部が特に作業混乱を目的として右指名ストを行つたこと、右指名ストによつて作業管理に非常な困難を来し作業に混乱を生じたこと、具体的に危険のおそれが生じたことについてはこれを認めることができない。右認定に反する前示証人の供述部分並びに疏乙号各証の記載部分はいづれも措信できず、他に右認定を左右するに足る資料はない。従つて当日の指名ストによつて膠質係における作業は人手不足のため多少の作業能率の低下を来した程度の影響を受けたと考えられるに止まり、この程度のことは争議行為の当然の結果であると言えるから、右指名ストがその正当性の範囲を逸脱したものとはなし得ない。そしてまた膠質係における主任心得の指名ストであるというだけでこれをスト権の濫用であるともなし得ない。よつて被申請人の右主張は採用できない。
(ニ) 四月三十日外注紙筒運転手指名ストについて。
被申請人は本指名ストは紙筒外注反対闘争の手段としてこれを行つたものでスト権の濫用であると主張し、申請人阿座上が、外注紙筒を組合員の手で搬入させないために同津曲の発した指令を伝達して植野運転手を指名ストに入れたものであることは前掲(7)事件において述べた通りであるけれども、前記のように当時は紙筒工室における怠業の実施中であり作業所が外注紙筒を外部から搬入し使用することは怠業の実効を減殺せしめるものであるから、支部が右紙筒の運搬を拒否し得ない組合員を指名ストに入れることも怠業の効果を確保し賃上闘争を有利に導くための手段であるということができ、右指名ストをもつてスト権を濫用したものであるとはなし得ない。
次に被申請人は組合員にも予め了解を与えず瞬時に指名ストに入れることは違法であると言うけれども、右植野は組合員である以上前記四月三十日昼休中の臨時組合大会で外注紙筒の運搬拒否の方策が確認されたことを当然知つている筈で、本件のような場合には指名ストに入ることも予期していたと考えられる上、本指名ストの場合はその場で直ちに業務を放棄させない限り運搬阻止の目的を達し得ないものであり、前記の通り支部に協定による事前の通告義務は存しないのであるから、右ストが瞬時に行われたという理由でこれを違法とすることはできない。よつて被申請人の右主張はいづれも採用し得ない。
(ホ) 四月三十日労休代位スト、
(ヘ) 五月五日労休代位スト、
(ト) 五月二十六日労休代位スト、
について。
被申請人は(ホ)(ヘ)(ト)の各指名ストはいづれも労休申入の拒否に対する報復として労休の目的を実現するためになされたものであるからスト権の濫用として違法であると主張するが、いづれも成立を認め得る疏乙第二十四号証の三、第二十五号証の二、前示証人三戸、桐生の各証言、前示申請人津曲(第一回)本人尋問の結果によれば、右指名ストはいづれも支闘委員会において前日からその組合員に多忙な組合業務を行わせることを予定し、労休を申入れて許可されればそれにより、拒否された場合にはその者を指名ストに入れることとし、それぞれ前日作業所にその組合員の労休を申入れ、作業所が四月三十日及び五月五日の分は両名共、五月二十六日の分は十九名の申入に対して九名について労休を与えることを拒否したので実施したものであり、右ストに入つたものはいづれも組合業務に従事していたことが認められるから、右の各指名ストが単に労休申入の拒否に対する報復を目的としたものとは言えないし、組合業務に就かせることがその直接の目的であるとしても、賃上闘争中のストである以上、右指名ストによつて会社側に苦痛を与えその闘争を有利に展開させるという意図が当然存するものと考えられるから、右三件の指名ストをもつて未だスト権を濫用したものとはなし難い。よつて被申請人の右主張はいづれも採用できない。
(チ) 五月十日外注紙筒運搬員指名ストについて。
被申請人は本指名ストは紙筒外注反対のための闘争手段でありスト権の濫用であると主張し、成立を認め得る疏乙第二十六号証の二、前示証人大庭の証言によれば、本指名ストに入つた五名の組合員は外注紙筒の運搬に従事しようとしていたものであることが一応認められるが、右疏明資料並びに成立に争のない疏乙第二十六号証の一によれば右指名ストの指令は支闘委員長の申請人津曲が発し、これは先づ申請人有福から口頭をもつて右運搬作業現場にいた前顕大庭課長に通告され、次いで文書により作業所長に通告されていることが明かである。しかして、いつ、いかなる時に、誰を指名ストに入れるかはその指令権を有する支闘委員長(支部長)の権限であつて、右委員長は賃上闘争の推進上有利であると判断した部門でこれを行い得るのであるから、外注紙筒の運搬に当ろうとした者を指名ストに入れたというだけで直ちにこれがスト権の濫用であるとはなし難い。よつて被申請人の右主張は採用できない。
右の通りであるから右(イ)乃至(チ)の指名ストがいづれも会社の基本権を不当に侵害せんとする悪質極まる違法な争議行為であるとの被申請人の主張も理由がない。
叙上の次第であるから、前記各指名ストはいづれも違法な争議行為であるとは言うを得ず、右各指名ストの故をもつて支闘委員である申請人等に被申請人主張のような懲戒解雇事由に該当する事実があるとはなし得ない。
(三) 総括的判断。
被申請人は本件各事件はいづれも申請人等の一貫した害意により反覆累行された相関的積極的業務妨害戦術であり全般として高度の違法性を有すると主張する。しかしながら既に述べたように、本件各事件のうち、争議行為はすべて賃上要求貫徹のためのものであるから会社に対する加害のみを目的としたものとは認めることはできず、その他の支部乃至申請人等の行為においても申請人等に右のような目的があつたとは考えられない。又前述の通り本件各事件によつて会社の経営が麻痺乃至破壊された事実は全くなく、支部乃至申請人等が火薬工場としての厚狭作業所の危険性を無視した行為に及んだ事実もない。従つて本件における各事件をもつて積極的業務妨害戦術となし得ないこと勿論であり、この点についての被申請人の主張は到底採用し得ない。
更に被申請人は仮に本件各事件が個々の事件としては軽微であるとしても、これが反覆累行されたものであるから申請人等の行為は全体として懲戒解雇事由に該当する旨主張する。前叙のように支部や申請人等の行為の中には多少行き過ぎや遺憾の点がないではないが、これもそれぞれについて述べたような事情の下で行われたものであり、いづれも軽微でしかも恕すべき点がある上その数も極くわづかに過ぎない。従つて前叙作業所の危険性を考慮に入れても申請人等の支闘委員又は個人としての行為を累計集積することによつてこれを懲戒解雇事由に該当せしめることは失当である。
第三、解雇の効力。
前記の通り、結局、申請人等にはいづれも就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事実は存しないのであるから、本件懲戒解雇はいづれも就業規則の適用を誤つたものであつて、その他の争点について判断するまでもなく無効なものといわねばならない。
第四、仮処分の必要性。
いづれもその成立を認め得る疏甲第四十八号証、第四十九号証の一乃至九、前示申請人有福(第一回)、紺野各本人尋問の結果によれば、申請人等はいづれも特別の恒産を有せず、従来から会社を唯一の職場とし会社から取得する賃金によつて生活を維持していたもので、このうち申請人有福及び紺野は本件争議当時組合専従者であつたけれども本件解雇後にその地位を失つていることが認められ、申請人阿座上が現在組合専従者であることは当事者間に争はないが、同人も会社の従業員として勤務することが目的であつて組合専従は第二次的なものであると言えるし、右有福や紺野の場合からも明かなようにいつ組合専従を解かれるかも知れないという不安定な状態にある。従つて申請人等が本案判決確定に至るまで解雇せられたものとして賃金その他で会社の従業員と異る待遇を受けることは著るしい損害であり、その精神的苦痛も甚大であるべきことは容易に察せられるところであつて、右阿座上とて他の申請人等に比し著るしい差異があるものとは考えられない。被申請人は、組合専従者を除く申請人等には組合規約に基き「組合運動犠牲者救援規定」が適用され「不当処分対象者の生活保証に関する規定」によつて組合から賃金相当額の給与を受けられることになつており、現に右阿座上以外の申請人等はこれによる収入を得ているのであるから仮処分の必要はないと主張し、右阿座上を除く申請人等が組合から従来の賃金とほぼ同額の金員の交付を受けていることは当事者間に争がなく、前示申請人阿座上本人尋問の結果によれば右阿座上も組合専従の地位を失えば右金員の交付を受けられることになつていることは認められるけれども、いづれも成立を認め得る疏甲第百八、百九号証、第百十号証の一乃至六、前示証人岡本の証言、同申請人全員各本人尋問の結果によれば、申請人等には被申請人主張の救援規定は適用されておらず、同人等は右金員を右規定や被申請人主張の保証規定によつて受けているものではないこと、組合は本件解雇は右救援規定の適用を受くべき馘首とは認められないとし、申請人等の救済についてはこれと別個に昭和二十九年十二月十五日から三日間厚狭支部で開催された組合中央委員会において特に「不当処分対象者の給与保証に関する規定」を定め、これに基き会社側の解雇処分の撤回又は本件仮処分命令が発せられるまでの一時的措置として従来の給与とほぼ同額の金員を申請人等(右阿座上を除く)に貸与しているに過ぎないこと、その貸与金の資金は月々全組合員から徴収されており月額は一名約五十円程度であるけれども、組合員は従来の組合費・闘争積立金等の外に今回の法廷闘争カンパと共にこれを徴収されるので組合員の生計に負担を与え、その資金の徴収の継続は必ずしも容易でないこと、申請人等の借受金の額は従来時間外勤務手当・作業手当等本給以外に得ていた金額について考慮されていないので実際の手取額は従来よりもかなり(千円乃至数千円)低額であることが認められるから、右のような一時的な借受金では現在の本案訴訟の進行状況に照し右申請人等の著るしい損害や精神的苦痛を避けるには到底不充分であると考えられ、更に右徴収金の継続は組合員の生計に負担を与えるため組合の団結や活動に好ましくない影響を及ぼすことは明かであり、このため申請人等は他の組合員に対する心理的負担から充分な組合活動をなし得ないであろうことも推認するに難くないところであるから、被申請人の右主張は採用することができない。又被申請人は若し本件仮処分命令が発せられるならば、たとえ被申請人が本案訴訟で勝訴しても、それまでの間申請人等に支給した給与の返還を期することは殆んど不可能であり却つて被申請人において償うことのできない損害を蒙るおそれがあると主張するが、右事情は将来且つ未必の事柄に属し、これをもつて、申請人等の現在の著るしい損害を避けるための仮処分を不要ならしめる事由とはなし得ないから、被申請人の主張は到底採用することができない。従つて申請人等の身分を従前に復するため、本件解雇はいづれもその意思表示の効力を停止する必要があるものと認める。
第五、結論。
以上の次第であるから申請人九名の本件仮処分申請は理由あるものとしてこれを認容し、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 河辺義一 藤田哲夫 野間礼二)
(別紙省略)